2010年03月02日
そわそわする感じ
これまでに多くのライブを経験してきていても、
いまだに、ライブの前日は、
そわそわする感じがあります。
たしかに、初期のころのライブ前とは、
その、そわそわの大きさは違うけど、
それでも、やはり、
今日は、そわそわしながら過ごしている。
それがひどいときには、
体調を崩してしまうこともあるのですが、
そうならないためにも、
意識的に健全な過ごし方をこころがける。
そのためには、しっかりとした食事を食べないと、
と思って、出かけた帰りに、食材の買い出し。
ほうれん草とたまねぎともやしと豚肉を買って来て、
あたたかなスープをこれから作りはじめます。
きっと、よいライブができたらと思っています。
そんなこんなで、
明日のライブは代々木ザーザズーにて、
オープン5周年記念のイベント初日。
unkie、nacano、との3マンです。
euphoriaの演奏は、19:55頃からの予定。
演奏時間たっぷりです。
よろしければ、ぜひぜひ〜。
2010年02月23日
冬にいるつもりの自分
スタジオを出ると、
春がすぐ側までやってきたような、
ぽかぽか陽気が広がっている。
帰り道、車の窓を大きくあけてみる。
このときの不思議で心地よい風の感触。
それは、まだ冬にいるつもりの自分が、
なにかあたらしいものに触れた、よろこび。
今日は、明後日2/25の、
nestでのライブに向けての
スタジオリハがありました。
2/5にアルバムをリリースしてから、
はじめてとなるライブです。
euphoriaの演奏を、今回初めて観る方も
きっとたくさんいるだろうな、
ということも頭の片隅に置きながら、
いつもに増して、意気込みたっぷりな
リハを終えました。
今回のイベント、"exPoP!!!!!"は、
入場無料、ドリンク代のみでたのしめる形式です。
お仕事帰りにでも、ふらっと、
ぜひぜひ、観にいらしてください〜。
euphoriaの演奏は21:15からの演奏を予定しています。
イベントの詳細は、gig infoページをご覧ください。
2010年02月19日
おばあちゃんのFAX
おばあちゃんがいたころの話。
僕:これでFAX送れたからね〜。
祖母:あんれー、紙が戻ってきちゃったじゃない。
データとして送られる、
という概念が分からないために、
紙そのものが、相手の家のFAXに
届くと思っていたおばあちゃん。
その場で大笑いした僕とおばあちゃんですが、
まだ半信半疑の様子でした。
そんな出来事が以前にあったのですが、
それとちょっと似たような感覚が自分にも。
*
先日、自分自身の、
長いスパンでのこれから先の予定を考える際に、
ひとまず、今、自分の頭の中にあるすべてのことを
すべて紙に書き出す作業をしていました。
するべきことからやりたいことなど、
規模の大小かまわず、ひたすら書き出す作業。
4時間くらいかけて、もうすべて出し切ったぞ〜、
と200項目ほど書き上げました。
結構大変な作業なのですが、
これをした後の爽快感はそうとうなものです。
そして、そのひとつひとつをmacに入力して、
最終的にはその膨大な量の項目を
iPhoneに移行し終えました。
この中に、今現在の自分が、
考えたことのすべてが収まっている、
そう思うと、なんだか、うれしくなって、
こころにゆとりが生まれてきました。
それと同時に、iPhoneに重さを感じたのです。
当然、データなのですから、
そんなはずはないのだけれど、
作業の達成感と、自分の念のようなものが大きくて、
そう感じてしまったのかもしれません。
これって、おばあちゃんのFAXと似ているなぁ、と。
*
僕の世代は、かろうじて、
「もの」そのものに触れながら、
成長してきたと思います。
だから、iPhoneの重さみたいなものを、
おかしな話だと思いながらも、想像することができます。
でも、少し先の、未来の子どもたちは、
今以上に、もっともっとデータ主体の
生き方になっていくのかなと思うと、
僕とおばあちゃんのやりとりと同じようなことが、
また起きるのかもなぁ、なんて思いました。
「おばあちゃんのFAX」というように
「おじいちゃんの〜」というブログを、
僕の孫が書いるところを想像してみたり。
2010年02月14日
いつもの、このパターン
オリンピックが始まる前は、
ニュースなどを観ながら、
盛り上がり過ぎだよなぁ、なんて思うのですが、
いざ始まってみると、のめりこんでしまう、
いつもの、このパターン。
ものすごくハードな練習や、
想像すらできないプレッシャーの大きさに、
日々耐えながら、過ごした4年間が、
この30秒間に詰め込まれていると思うと、
テレビ越しで観ているのに、
なんだか、胸がざわざわしてきて、
立ち上がりながら応援した、
女子モーグルの決勝。
メダルがどうのこうのというよりも、
なんだか、じわじわと響くものがあって。
そして、上村選手のインタビュー。
とても礼儀正しい受け答えのなかで、
ときおりにじみでる
子どものような素直な表情を見ながら、
じーんと、こころが熱くなりました。
2010年02月13日
たのしい部分へ
Ustreamで坂本龍一と津田大介の対談を見る。
http://www.ustream.tv/recorded/4687750
デジタル技術がものすごい早さで発展している現在。
その中での音楽のあり方についてを考えるときに、
この二人の存在は、僕の中で以前から大きくて。
昨年、「ユリイカ09年4月臨時増刊号 総特集=坂本龍一」で、
津田さんが記事を寄せていたのもおもしろかったけれど、
こうしてはじめて、対談という形で、しかも、映像で、
おまけにリアルタイムという形で見れたことに、
うれしいおどろき。
内容は、デジタル配信、著作権、twitter、
などなどを起点に、とても興味深いものでした。
*
こうして、次々に新しい技術が進展していくなかで、
音楽の伝わり方もどんどんと変化してきていて、
その速度は、さらに加速していくのでは、
と多くの方が感じていると思います。
そんななかで、いかに、
”音楽が持つ大きな力”を、
深く見続けていくことができるか。
ミュージシャンもレコード会社もリスナーも、
音楽に関わるすべての人の意識や考え方が、
影響を与えあうことのできる今の時代。
この先の予測がまったくもって出来ない状況では、
僕自身、ちょっと気を抜くと、
悪い面ばかりに意識が向いてしまうときがあります。
でも、出来る限り、たのしい部分へ
意識を注いでいけたらと思っています。
目の前のことをたのしもうとしないと、
行き先がどうであれ、もったいないなぁと思うのです。
2010年02月10日
期末試験前のメロディー
学校でテストに備えて、
徹夜するくらいの勢いで、
勉強をしているときに限って、
勉強以外のことで、
ものすごいひらめきが湧いてきてしまう、
不思議な感覚があります。
僕が学生だった時も、期末試験の頃に、
いいメロディーが沢山浮かんできた記憶があって、
よりによって、テスト前に、
完成してしまった曲も数多い。
今は、テストがあるわけではないけれど、
昨年、euphoriaのアルバム制作の締め切りに、
ひやひやしながら、
バタバタと過ごしていてたときは、
どうやら、期末試験前の雰囲気にも似ていたようで、
やはり、いい感じのメロディーが、
次々に生まれてきていました。
そのひとつひとつを聴きなおしています。
中には、これ誰の曲?と思えるくらいに、
新鮮な響きを見つけては、にやにやしながら、
ひととおり、整理をしている、今日この頃。
2010年02月07日
食生活をていねいに
アルバムの制作が完了して、
マスタリングを終えた直後は、
いつも、大きな開放感に包まれていたけれど、
今回は、少し違う感じがしていました。
確かに、ほっとした気持ちにはなったけれど、
まだ、なにか、重さのようなものが残っていて。
それが、5日の"fluidify" launch partyに対する、
緊張感だったようで、
無事、イベントを開催できて、やっと、
肩の荷が降りたといいますか、
久々に、らくーな、気持ちになっています。
*
日曜日、午後の日差しが心地よかったので、
川沿いの道を、久々、散歩にでかけると、

きれいな梅の花が咲きはじめていました。
梅の花には、よい思い出が詰まっていて、
道ばたで出会うと、ついつい、
長いこと、足を止めてしまう。
*
夕食は、鶏つくねのお鍋。
この季節、身体もこころもあたたまります。
今年初めての春菊が、とても美味でした。
ケンタロウのレシピにハズレなし。
制作などで、バタバタしてくると、
どうしても、食事がおろそかになってしまいます。
ひどいときは、食べることを忘れてしまったり。
でも、こうして、おいしいものを食べると、
自然と元気な、豊かな、気持ちがわいてきて、
ゆとりまでも生まれてきそうです。
だから、これからは、
忙しいから、食生活が雑になってしまうのではなく、
食生活が雑だから、忙しくなってくる、
そんなふうに考えられたらいいなぁ、と思ったのでした。
2010年01月31日
"fluidify" 制作の記録

この3つのスピーカーと、

この2つのヘッドホンを頼りに、
"fluidify"の音を作ってきました。

少し疲れたら、このコースターに、
挽きたてのコーヒーをのせて、
しばし休憩。

そして、作業に煮詰まると、
部屋の窓から夕暮れを眺めたり。
そんな日々の繰り返しで完成した、
euphoriaの"fluidify"、
euphoria official web siteにて、
2/5、0時から、配信開始です。
どうぞおたのしみにされていてくださいね。
そして、リリース当日に開催する、
2/5の記念ライブ、3人の意気込みも十分。
この日にしか表現できない音を
大切に奏でたいと思っています。
ぜひ、足を運んでいただけたらうれしいです!
ライブ詳細は http://euphoria-sound.com/giginfo.htmlをご覧ください。
2010年01月28日
にじみ出るもの
6:30に目が覚めて、シャワーに入って、
タオルを干すため、ベランダに出ると、
少し暖かな南風が、肌に触れて、
春が少しずつ近づいて来ていることを感じました。
ということは、もうすぐ、さくらのうたが、
増えてくる頃だなぁ、と。
以前、voiceページに「6月に ” December ”」
という文章を書きました。
さくらだったり、卒業式、クリスマス、夏の海など、
そのタイミングに合わせて、CDが発売される。
確かに、その時期にぴったりの曲は、
何割も増して気持ちよく響きます。
だから、そういったタイミングでのリリースは、
とても理にかなっているわけですが、
そのリリースに合わせるためには、
さまざまな制作プロセスと、
そしてプロモーション期間が必要で、
最も大切であろう、曲作りのタイミングは、
その季節よりも、だいたい、
3〜4ヶ月以上も前になってしまうという内容。
それが、デジタル技術の発達による、
配信を用いた楽曲公開という形態で、
どう変わっていくのでしょう。
*
別に、その季節にいなくても、
想像すれば、メロディーは浮かぶよ、という考えもある。
実際はそれで、たくさんの名曲が生まれてきているわけで。
でも、そういった音楽と、
今の季節を過ごす中で、
思わず生まれてきてしまった音楽とでは、
大きく意味合いが変わってくるよなぁ、と。
あとは、だいぶ待って、
ちょうど1年後にリリースという考えもあるかもですが、
当然、1年前のサクラと今年のサクラは違うものであるわけで。
「思わず生まれてきてしまったもの」、それを僕は、
「にじみ出たもの」として考えることがあるのですが、
その、「にじみ出たもの」が持つ表現力に、
大きな可能性を感じています。
明確でわかりやすいメッセージのあるものは、
確かに、広く伝わりやすいものです。
でも、音楽という表現を用いるのであれば、
(もちろん、絵画や文学、映像などもそうですが)、
作り手から、にじみ出てくるような、
そんな、もっと根源的な思いが、
色濃く存在していてもおもしろいと思いますし、
それを受け取る側も、表面上だけではなく、
自分のこころの奥のほうと共鳴するような、
そんな感覚があっても、すてきだなぁ、と思うのです。
なにより僕自身、そういった作品にめっぽう弱いというか、
居ても立ってもいられなくなる程に感動して、
そこから、新しい日々の時間が動き出す、
という感覚をこれまでに何度も味わってきています。
だから「にじみ出るもの」に対して、
強い思い入れがあるのだと思います。
*
でも、そういった表現は、
とても小さな存在であったり、
ある意味、脆いものでもあって。
だから、たとえば、
チャートを賑わすためにはとか、
売上をどーんと延ばすためにはとか、
いかに大多数の人に届けるかということを、
最優先にしていくと、見えなくなってくる部分や、
隠さざるを得ない部分がどうしても出てくる。
そんな考え方に左右されず、
「にじみ出るもの」を大切にし続けようという思いが、
今、急速に発達を続けている情報技術によって、
もっとひらかれたものになっていくかもしれない。
そう考えると、冷たいイメージが先行する、
情報社会というものにも、
まだまだ気づかされていない、あたたかさが、
きっと存在しているのでは、という、
ほくほくした気持ちにもなるのです。
2010年01月03日
無意識と自我の混ざりあい
あけましておめでとうございます。
2010年スタートのタイミングで、
euphoriaのアー写を新しくしました。
今回、撮影するときに決めていたことは、
話しているところを撮るということでした。
撮影してくれたのは、
euphoriaの親しい友人のケンジくん。
僕たちとケンジくん、その4人の、
なごやかなムードから生まれた瞬間の写真です。
自分の写っている写真というものを、
僕はあまり持っていません。
まして、笑っている表情の写真なんて、
幼稚園くらいのとき以来かも。
この表情、なんというか、
自分の知らない顔だなぁと。
そのときの雰囲気から、自然と溢れ出したもの。
いくつか撮った写真のなかで、
「この森川の表情がベスト」と、
きのしたが強く言うものだから、
「あー、そうなんだぁ」
と思って、この写真にしました。
この表情が評判よろしいのであれば、
この表情に見合った行動ができたらいいなぁと。
無意識と自我の混ざりあい。
これも「液体になる」ということなのかも。
2010年、「液体になる」ということばが、
ここで、数多く登場するかと思いますが、
「あー、また言ってるよ」という感じで、
ひやかし半分、読んでいただけたらと思います。
今年もどうぞよろしくおねがいします!
2009年12月17日
大掃除どうしましょ
年末の大掃除は1日で済ませたい、
そう思う若者が多いという調査結果を新聞で読む。
作業部屋などは、ちょくちょく掃除しているけれど、
家全体の掃除は、あまり手が付けられていなくて、
窓磨きなども、大掃除待ちという、僕の現状。
今は、euphoriaの新作の仕上げ制作作業や、
その他のいろいろな作業が積み重なっているので、
ほかのことに手が回らないのですが、
ひとつひとつの時間を大切に、
年末までには、ひととおり、かたちにできたらと模索中。
年末1日、ばたばた大掃除という流れではなくて、
せめて2〜3日かけて、
大掃除に加えて、2009年をゆったり振り返る時間を
作れたらいいなと思っています、今日このごろ。
2009年12月10日
辿り着けない部分
ちょっと前にiphoneを使うようになって、
うわさ通りというかなんというか、
ほんとうに便利だなぁ、と思っている今日この頃。
スケジュールの管理や、
メモがさっと書けて、そして、
きれいに分類できるようなアプリも多くあって、
手帳から完全に移行できてしまうなぁ、とも思ったのですが、、
いろいろ考えた結果、紙の手帳は、持ち続けたいなぁと。
先月、euphoria3人で、新しいアルバムのタイトルや
コンセプトを考えるミーティングの機会が、多くありました。
そのとき、自分は普段、なにを考えていたのかを振り返るために、
手帳を読み返しながら、僕はミーティングしていました。
昨年のものと、2冊並べて、読み返してみたり。
そのときの、紙をぺらぺらめくる感触だったり、
丁寧だったり急いでいたり、を感じさせる筆跡から、
それをメモしたときの感情を思い出したり。
そんな感覚をひっくるめて、自分自身の考えが、
しっくりとまとまってきたのです。
デジタル技術がいかに進んでも、
辿り着けない部分というものも、あるんだよなぁ、と思ったり。
というわけで、
手帳が取り出せないときのみ、iphoneに記録、
それも、あとから手帳に移して、
最終的に、日々のメモは、
紙の手帳にすべてまとめるというスタイルでいこうと決めました。
2009年12月05日
こころからありがとうを言えるかどうか
euphoria、4枚目となるフルアルバム、
"fluidify"、2010年2月5日にリリースします。
CDよりも高音質である、24bit48khzという形式で、
アルバム全曲を、全世界同時に、無料配信します。
今回のリリース形態について、
そのアイディアが出てきたのが、2008年の秋頃、
それから、さまざまな角度から、繰り返し考え、
ときには、頭が痛くてふらふらしてしまうくらいに、
悩んでいた時期を過ごしながら、辿り着いた結果です。
というのも、僕自身、
CDというモノが、とても好きで。
学生の頃には、あれこれ選び抜いたCDたちに、
小遣いのほとんどをあてていました。
そして、中学生で、作曲を始めたときから、
CD屋さんに、自分のCDが並ぶことがひとつの夢でした。
今でも、ほんとうにいいと思う音楽は、CDで買っているし、
昔から繰りかえし聴いているCDは、
ジャケットもボロボロだけど、
今も大切に持って、聴き続けている。
そして、今もなお、CDの可能性を大切にして、
活動を続けているアーティストは、すばらしいと思っています。
決して、CDという媒体の価値がなくなったと、
そんなことは、まったく思っていません。
ただ、僕自身が、euphoriaの音楽を通して、
なにを一番伝えたいのか、といった部分を、
多くの固定概念にとらわれず、
ぎりぎりまで、突き詰めていく末に、
ふっと見えてきたものがあったのです。
このことに関しては、いろいろな内容があって、
だいぶ長くなってしまうので、
随時、文章にしていけたら思っています。
*
今回、ここで、書きたかったことがひとつあって。
音源を配信するスタイルを考えるなかで、
デジタル技術、インターネットの急速な発達というものに、
否が応にも、関心を向けざるを得ませんでした。
情報化社会の発展により生まれる、メリット、デメリット。
あんなことや、こんなことも可能になるのかぁ、という、
希望とも恐怖ともとれる、そんな感覚。
そういったことをあれこれ考えている時期に、
僕がよく行く、珈琲屋さんに行ったときのこと。
注文を受けてくれている、スタッフの女の子の対応が、
とてもていねいで、かつ、柔らかくて、
そして、「ありがとうございます」という言葉が、
なんというか、とてもこころに響いたのです。
さまざま疲れが溜まっていたときだから、
何割増かで響いたということもあるかもですが。
それから、その帰り道。
車で細い道を運転しているときに、
対向車が来たので、僕が少し窪んだところで、
待機していたとき、すれ違いざまに、
対向車のおじさんがていねいなお辞儀をしてくれて、
声は聞こえなくても、「ありがとう」が、
すぅーっと伝わって来て。
そういった、「ありがとう」たちによって、
僕は、なにものにもかえがたい、
どっぷりとみたされた気持ちになったのです。
これから、どのように、
さまざまな技術が発展していくか、
そしてそれに伴い、
世の中がどのように動いていくか、
それは、誰も、予想ができないことです。
でも、「こころからのありがとう」を言えるということ、
そして、それを感じて、受け止めることができるという、
何ものにも代えることのできない、その価値は、
人が生きていくうえで、いつまでも輝き続けるのだと、
そんなことを思ったのでした。
2009年12月02日
500通りの帰り道
髪がぼさぼさになってきたので、
午前中、ひさびさの美容院へ。
ここ最近は、12/4の"点と展vol.2"に向けたリハと、
きのした宅と事務所でのミーティングをのぞいては、
あまり、部屋から出ることなく、
euphoriaのアルバム制作をしているので、
美容院へと向かう道のりは、心地よい息抜き。
電車の車窓には、
この季節独特の、透き通るような空気があって、
そこを通過する冬の日差しがまぶしかった。
この光景は、僕のとても好きなもののひとつ。
気分が心地よくなって、
そんなとき、ふと思い浮かんだことがあって。
こうして美容院に行くのは、あと何回あるのだろう。
だいたいひと月に1度、もう少し間隔が開くときもあるから、
年に10回と計算して。仮に、80歳まで生きられるとすると、
合計で500回ちょっと。
こんなことを今まで考えたことがなかったので、
無限にあるように感じていたことが、
このくらいの数字に収まるんだなぁと。
美容院でのんびりできてさっぱりできる感覚が
僕は好きで、だから、そこに向かう時間や、
帰り道の時間(寄り道が多くなったり)も、
いつもより、だいぶ、のびのびとした気持ちになります。
そういった気持ちを、あと、500通り、
存分に楽しめたらいいなぁ、と思いました。
おじいさんになったら、近所の床屋さんかな。
それでも、そのお散歩の時間がきっと特別なものに。
2009年11月27日
100%は平和ではない
euphoriaの新しいアルバムの
タイトルを考えるためのミーティング。
過去最高に、たっぷりと時間を費やしています。
そして、とても充実した時間。
僕たちのミーティングでは、
「まだ60%くらいしかまとまっていないんだけど」、
という段階で、話はじめることが多い。
その残りの40%をみんなで考える、
そして、辿り着くところは、結局、
もともとの100%とは、
違うところになることがほとんど。
でも、その40%を埋めようとするなかで、
ある瞬間、誰一人、思ってもいなかった
ひらめきが生まれるときがあって、
そのひらめきは、いつも決まって、
とても強度のあるものになるのです。
自分が100%の言いたいことを、
相手が100%受け入れるということは、
ぱっと考えると、平和なことに思えるけれど、
実際、それは、とても恐ろしい出来事。
「自分の考えは間違っているかもしれないけれど」、
という前提を持った人同士が、すすめる会話は、
のびのびとしていて、心地よい。
2009年10月28日
音とどう向き合うか
東京芸大の大学院修士課程1年生展を見に取出キャンパスまで。
大学時代の友人の発表を見るために。
彼とは、大学のときから、共感する部分が多くて、
ゼミが同じだったこともあり、
お互いの作品を聴きあったりして、
一緒に過ごす時間が多かったのです。
大学のときから、彼の作品は、非常に研ぎすまされていて、
そして、自身の音楽に向き合うまっすぐな姿勢に、
たくさんのよい刺激を与えてもらっています。
身体センサーからの信号入力をmax/mspでプログラミング、
その結果を、4スピーカーで出力するという実技発表は、
とても興味深い研究内容で、見入ってしまったし、
常設展示されていた、8つのスピーカーを用いた、
音響作品も、非常に繊細でありながら、
こころにせまってくるような強い躍動感があり、素晴らしかった。
なんというか、ものすごく几帳面に、
細部にわたって意識を巡らす、
その徹底した感覚は、ある種、
病的な雰囲気まで漂うのですが、
それでいて、まったく淀んだ感じを受けることがなく、
しっかりと外側にひらかれた世界観を感じさせてくれるのは、
ほんとうにすごいことだよなぁ、と感じました。
僕自身の音との向き合い方が、
まだまだ甘いなぁ、と感じるのと同時に、
もっと深く、ていねいに、音を扱っていきたいなぁと、
そんな気持ちになりました。
取出キャンパスは、だいぶ遠かったけれど、
足を運んでよかったなぁと思った、そんな一日。
2009年10月21日
汚れが気になって
夕方、euphoriaのアルバム制作作業の息抜きで、ミスドへ行く。
レジの横下のスペースに
ポンデライオンのぬいぐるみがあって、
それが、けっこう汚れていて、どうしてだろう、
と思って、ぼんやりと眺めていると。
実際、そこを通りかかる小さなこどもたちのほとんどは、
そこで、立ち止まって、頭を撫でたり、抱え込んだり、
必ずといっていいほど、触れていくのです。
あと、おもしろかったのが、
自分の座る椅子の方に、ポンデライオンの顔が向くように、
方向を変えているこどもがいたこと。
ポンデライオンのリングの部分をとって、自分がかぶってみて、
お母さんを笑わせるこどもも。
きっと、あのぬいぐるみには、
強烈にこどもを引き込む魅力があるようです。
かわいいキャラクター、ふわふわとした質感、
小さなこどもが、なんとか抱え込める大きさ、
リングがはずれることで実際に触れてみたくなる、などなど、
そんな心遣いがあるんだなぁと。
今まで、全く気づくことのなかったことだけど、
「なんか汚れてるなぁ」という思いから、
ひろがったいくつかの発見。
2009年10月19日
ないからある
80GBのipodを購入したときは、
これだけの容量があれば、
持ち歩く分には全く困らないだろうな、
と思っていたけれど、
スペースがあればあるほど、使いたくなるもので、
もういっぱいいっぱいになってしまった。
最近新しくなった、
薄さそのままで160GBというipodに、興味があったのですが、
こないだ、タンスの衣替えをしているときに、
ipodの中身も季節に合わせて衣替え案を思いつきました。
少し肌寒くなってきた街並みを、
マフラーをしながら、白い息を吐きながら、
というような想像から曲を選んでいく感覚。
これがなかなかおもしろい。
あと、最近、ipodの外側を覆うケースが壊れてしまい、
新しいものを探していましたが、
なにも装着しない、むき出しのままのスマートさもいいなぁと思い、
そして、なにより、今まで以上に、
大切に扱っていることに気づきました。
直に触れることで、その質感から伝わる愛着が膨らんだり。
容量が少ないからこそ、生まれたipod中身の衣替え、という発想。
ケースをはずしたことで、生まれた、愛着感。
「ないからある」、ということに敏感になれたらいいなぁ。
2009年10月04日
ルラ大統領の涙
2016年のオリンピックが
リオデジャネイロに決まったというニュース。
それほど熱心に向き合っていたわけではないけれど、
東京で開催になるのかどうか、
これまでに、いくつかのニュースや記事を読みながら、
その結果をたのしみにしていました。
ニュースなどでの取り上げ方の多くは、
東京で開催することでの経済効果は、何億円にもおよび、
というような方向で、国民の関心を集めていました。
それに加えて、エコ重視のオリンピックというアピールなど。
僕自身としは、自分が34歳になったとき、
どんな日々を送っているのかな、という思いから、
東京でのオリンピック開催をのんびり想像していました。
で、リオデジャネイロが決定して、
ブラジルのルラ大統領の涙をぬぐいながらの記者会見。
南米初のオリンピック開催という大きな大きな夢。
日本の向き合い方(国民それぞれの気持ち含む)との、
スケールの違いをどっしりと感じて、
日本落選うんぬんではなくて、
リオデジャネイロ開催に対して、
こころからおめでとう、という気持ちになりました。
そして、日本もスペインもアメリカも、
その他の国々も、2016年、南米初のオリンピックを、
盛り上げていけたらいいなぁ、と感じました。
そんな視点から、34歳の自分を再び思い浮かべてみたり。
2009年10月03日
十五夜、まんまるポテト
十五夜、まんまるの月を楽しみにしていたけれど、
あいにくの曇り空。
そのかわり、といえるのか分かりませんが、
家にたくさんあった北海道のじゃがいもを使って、
まんまるのフライドポテトを作ってみました。
じゃがいもの旨味をうまく生かせて、なかなかのお味。
さっぱりしたお酒と共に、
まんまるのフライドポテトを食べながら、
お月見気分を満喫した十五夜でした。
2009年09月30日
偶然の時間
夜9時からの打ち合わせで、
代官山に向かう。
電車に乗って、一駅過ぎた頃、
急遽、日付変更の連絡。
あらら、さてさてどうしようか。
そのまま折り返しても良いけれど。
そんなこんなで電車は進み、
乗り換え予定だった駅で、下車。
そこに、たまたまモスバーガーがあって、
ちょうどお腹も空いていて、のんびりと。
家の近くのモスが、近頃、
牛丼屋さんになってしまい、
だいぶご無沙汰の
海老カツバーガーとオニポテセット、
飲み物は白ぶどうスカッシュ。美味。
ぽん、と、たまたま時間ができたので、
明日からはじまる10月の予定を整理したり。
思いがけない展開や、偶然生まれた時間を
どれだけ楽しめるかで、日々の充実度は変化するのかも。
*
そうそう、
先日、10日間ほど、アメリカ旅行に行ってきました。
姉の結婚式で、カリフォルニア、
ほかに、ロサンゼルス、フィラデルフィア、ニューヨーク、と
ずいぶんゆったりとした旅行でした。
それまで、アメリカという国に対して、
それほどの興味はなかったのですが、
いやー、実際にあのスケールを目にすると、
とんでもなく興味深くて、おもしろくて、
新しい発見だらけの、貴重な時間を過ごしました。
これも、たまたま、
姉の結婚式という予定があったからこその、偶然生まれた時間。
自分でコントロールできることなんて、
ほんとうに微々たるもので、
そうではない、外側からやってくる出来事を、
素直に存分に楽しむことを
大切にしたいなぁと思っています。
2009年09月01日
沈黙と自由
たとえば、自分の考え方や生き方、そして音楽が、
どこにも「属さない」ような、
そんな自由な存在になればいいなぁと。
そう思うことは、一見、美しいように思えます。
でも、その思いが先行しすぎると、
「属さない」という考えを持つ人たちに、
「属してしまう」ということもありうるなぁと。
自由を求めようとするあまり、
自由はどんどん遠いところにいってしまう。
沈黙を見つめるということ。その大切さ。
2009年08月26日
実際のところはグラデーション
僕がまだ小さかった頃。
天気予報は、東京は曇り、埼玉は雨。
その境目を知りたかった。
自転車で走っていて、その境目で、
ぱっと雨が降り出す。
その境目に行けば、
身体半分は曇りで、もう半分は雨に濡れる。
天気のよい日に、ともだちと電話していて、
こっちは雨だよ、と聞いて、
そのともだちの街と想像している部分にだけ、
きっちりと雨が降っているイメージ。
雨と晴れがきっぱりと分かれているような景色があると思っていた。
でも、実際のところはグラデーション。
車のなかからの景色が、
田んぼから砂漠になることはありえない。
砂漠になる前のところに、次の兆しが存在する。
雨になりそうなときには、なにかしらの前兆がある。
晴れてくるときもそう。
その兆しに敏感でいたい。
好調なときと不調なとき。
今日をよく見ていると、明日が見える。
必ずそれは、今日の続きにある。
2009年07月26日
視点を車窓に向けてみよう
電車の車窓からは、まるで大きな大陸のような雲を
オレンジ色の夕焼けが、やわらかく照らしている。
そんな壮大な景色を知らず、
ほとんどの人は携帯電話とにらめっこ。
もちろん、今、このとき、
たまたま、僕は、車窓に視線を移していただけで、
僕も同じように、携帯メールをしているときに、
車窓には、きれいな虹が浮かんでいることもあっただろう。
音楽をつくるとき、または、
音楽以外にも、なにかを考えて、
形にしようと懸命になっているとき、
そのなかの一部分ばかりに意識を向けてしまい、
帰り道の電車で気づいた、この、車窓の存在を忘れるという、
同じような現象になっていることも多いのではないかな。
ほんの少し、視点を動かすだけで、
大きなヒントがあるのに、
目先の部分だけで、こねくりまわして、
こじんまりとした作品になってしまうことのないように。
視点を車窓に向けてみよう。
2009年07月22日
人が音楽をつくるんだ
先日ビデオで録画しておいた、
情熱大陸を夕食を食べながら見る。
ミュージシャン斉藤和義さんの特集。
斉藤さんの音楽は、ほとんど知らなかったのですが、
新聞に、曲作りや一人多重録音の風景が〜、と書いてあったので、
お、なんだかおもしろうだな、と思って、録画しておいたのです。
ライブの楽屋の様子や、山中湖のスタジオでの録音風景、
デビュー当時に暮らしていた、吉祥寺のお散歩風景、などなど。
そのどの場所においても、斉藤さんの行動は、
ゆったりと心地よくて、柔らかいけど芯がどっしりしていて、
そんな雰囲気に憧れてしまいました。
とてもゆっくり、落ち着いてる。でも、ちゃんと驚くし、ちゃんと笑う。
かっこいいなぁ。
番組内のナレーションでは、
曲作り、一人多重録音の映像を撮り続けて気づいたこととして、
「決して頑張りすぎない彼は、けれど、絶対、手を抜かない」
とありました。
うん、そうそう、まさに、と思った僕は、同時に、
今年の初め、僕自身のテーマとして考えた、
「急がず、しかし遅すぎもせずに、気持ちのいい速度で、歩いてゆく」
ということばを思い浮かべました。
まさに、そのことばの映像を、見たような気がしたのです。
斉藤和義さんのCDをじっくり聴いてみたくなりました。
*
そうそう、先日は、
「或る音楽」という音楽ドキュメンタリーを
ユーロスペースで観てきました。
高木正勝さんが「Tai Rei Tei Rio」という作品を
作り上げていく過程を描いたドキュメンタリーです。
なぜヒトは音楽を奏でるのか、という視点に、
興味を持って、観に行きました。
素朴な佇まいでありながら、広く、大きく、ものごとを捉える、
そんな高木さんの姿勢が、すばらしいなぁと、感じました。
*
音楽性も、人間性も、活動するフィールドも、まったく異なる、
斉藤和義さんと高木正勝さんですが、
どちらも、その人間性がそのまま音楽に
なっているような印象を受けました。
素晴らしい音楽家は、人としてほんとうにかっこいい、
いや、人としてほんとうにかっこいいからこそ、
素晴らしい音楽ができるんだなぁと、
そんなあたりまえのようなことを、感じています。
2009年07月10日
問題点の外側に改善点という気づき
euphoriaのレコーディングまで、あと一週間ほど。
いっこうに曲が完成しない、やや苦しい期間もありましたが、
ここにきて、めでたく、手応えのある曲たちが揃いました。
今は、前回のレコーディングの録り音を確認しながら、
今回のレコーディングのプランをあれこれ考えています。
*
そういえば、前回のレコーディングで、おもしろい発見をしました。
レコーディングで使っている部屋の特性か、ドラムキットの性質か、
ドラムのタムの音がどうしても引っ込んでしまうのです。
タムのチューニングをあれこれ試したり、タムの皮を変えてみたり、
そして、タム自体を他のものに変えてみたりと、
いろいろ試みたのですが、改善されず。
はてさて、どうしようか、
きのしたにタムを強めに叩いてもらうにしても、
それだけでは、限界があるしなぁ。
と考えていたときに、ぱっと、気がついて、
タムの音が小さいという考え方ではなくて、
他の太鼓(スネアやバスドラム)の音が、
大きいと考えればよいのでは、と思ったのです。
そして、スネアやバスドラムのミュートを強めて、
響き、音量を押さえてみると、
問題なく、タムの存在感が増してきたのでした。
この考え方は、ミックス作業にも多いに役立つはず。
たとえば、ギターの音が地味すぎるかな、と感じた時、
やみくもに、ギターの音ばかりトリートメントするのではなく、
実は、ドラムの音を派手に作りすぎていた、ということに気づくことで、
全体のバランスが気持ちよく揃ってくるのです。
*
euphoriaは結成当初から、ほとんどの制作過程を、
メンバー3人の手で行ってきています。
そのつど、さまざまな困難に出会うことはありますが、
今回のような、「問題点と思っていたその外側に、改善点がある」、
というような気づきは、
3人で、あれこれ知恵を振り絞ってすすめる作業を通して、
見えてきたものだと思います。
もしかしたら、僕たち以上に、専門的知識の豊富な方に、
力を借りていたら、これまでの制作にかけてきた、
膨大な時間は、大幅に削減されていたかもしれません。
でも、あーでもない、こーでもない、と試行錯誤を重ねるなかで、
自分たちのものにすることができた感覚は、
なにものにも代えがたい、たいへん貴重なものだと思うのです。
*
ちなみに、この、
「問題点と思っていたその外側に、改善点がある」、という意識は、
日常のなかでも、さまざま活かすことができるのでは?
自分自身の気に入らない部分や、苦手な部分。
そういったものがあると、ついつい、
そのポイントばかりに気持ちが向いてしまい、
どんどんと深みにはまっていく。
そんなとき、その対象から少しばかり離れてみると、
そのポイントには、それほど問題はなくて、
回りに存在しているものをほんの少し修正してみるだけで、
がらっと、見え方が変わってくることも、結構あるものです。
その他にも、たとえば、
他人の、こんなところが嫌なんだよな、
と思っているようなとき、ちょっと自分を変えてみるだけで、
実際のところ、なんの問題もなかったり。
*
そんなこんなで、来週のeuphoriaレコーディング、
また新たな学びをたのしみに、充実した時間にできたらと思っています。
毎回恒例の72時間スタジオ借り切りプランなので、
体調管理もしっかりして、臨もうと思います。
きのしたよーすけ、寝坊には、お気をつけて。
2009年07月04日
同時に起きていることを数えてみる
僕の耳はあまりタフではないようで、
ライブを観に行っては、しばしば耳鳴りに悩まされていました。
耳鳴りの原因は、大音量で高音域を強調した
エレクトリックギターの音にあることが、多いです。
耳をつんざくような痛みを感じると、
本当はその音を避けたいと思いながらも、そこへの意識は拡大され、
結果、その音しか聴こえないというような悪循環におちいります。
でも、あるとき、気がついたのです。
強制的に、強引に、その痛みを感じる音と真逆にある音、
この場合、たとえば、ベーシストの奏でる低音に、
ひたすら意識を向けるのです。
そうすると、あら不思議、
以前のような、過剰な耳鳴りからだいぶ解放されたのです。
*
これは、とてもおもしろい、興味深い現象だと思いまして。
同時に鳴らされている音であっても、
その中から、任意に、音を選びとることができるということ。
そういえば、大学の講義で音響学を受講していたとき、
"カクテル・パーティー効果" という現象を学びました。
これは、「様々な雑音が存在する状況で必要な情報を選別できること」で、
「カクテルパーティーに参加しているときに周囲が騒がしくても、
自分の名前や知人の声を聞き分けられる」ことから、
心理学者のチェリーという人物が提唱したもの。
こういった能力は、普段、無意識で使いこなしているわけですが、
考えてみれば、すごいことなんだよなぁ、と思うのです。
*
音に限らず、日常の出来事ひとつひとつにおいても、
たとえば、今、僕は、macでこの文章を打っている最中ですが、
同じタイミングで、身の回りや、
そこから少し離れたところ、そして世界中で、
同時に、いろんなことが起きていると、考えられるということ。
こうして、横軸をだんだんと広げていって、
同時に奏でられている、さまざまな日常を意識することができたら、
なんだか、少し、こころが揺れ動いて、その振動で、
あたたかさを感じることができるのではないかなぁと、思うのです。
*
以前に本で読んだ、
「人が何を見ているかは見えるが、人が何を聞いているかは聞こえない」
という、美術家、マルセル・デュシャンのことばが、
当時の自分よりも、深く響いてくる今日この頃です。
2009年06月26日
一日分、若返る
同じ一日の過ごし方でも、
なにを進めるかの目的や、
なにを楽しもうかということが、
明確になっているかどうかで、
あっという間しか生きていない人と、
長い時間を生きてしまう人とがいます。
そのおかげで、
同じ年齢であっても、
若々しい人と老け込んだ人がいるのかもしれません。
早朝から8時間通しで、
euphoriaの新しい曲制作を、三人揃ってスタジオにて。
途中、お昼ご飯を食べた20分ちょっとを除いて、
ひたすら、それぞれの奏でる音に向かい合い、
だんだんと形になってきている
新しい曲の世界にどっぷりとのめりこんでいく。
そして、かなり手応えのある、これはよい!
と思えるその曲が仕上がりました。
ふと気づけば、あっという間の8時間。
急いで、スタジオの片付けを済ませる。
自宅に向かう、帰り道、あっという間に過ぎた今日一日を思い、
一日分、若返ったような気がしました。
家に着いて、新聞を眺める。
まだまだ若いのに、というような記事を読みながら、
亡くなったマイケル・ジャクソンのことを思う。
50という年齢のなかで、彼は、どれほどの時間を過ごしたのだろう。
2009年06月12日
ボタンダウンのシャツからTシャツに
夜のスタジオを終えて、車での帰り道。
暗くて細い、人通りの少ない道を走っていると、
ルームミラーにまぶしすぎるくらいに強烈なひかり。
なんだなんだと見てみると、大きなバイクが二台、
僕の車にだいぶ接近した状態で後をつけてきている。
人通りが少ない道なので、なんだか、ちょっと不気味。
道を曲がってもぴったりと着いてくるから、ほんとうに怖くなる。
とりあえず、ドアの鍵は、ばっちりと、すべて閉める。
しばらく走って、ちょっと道幅が広がったところで、
ぎゅーんとスピードを上げて、とうとう僕の横に現れた。
目を合わせないようにと、懸命になっていると、
トントンと窓ガラスを叩く音。
もう仕方ないと、覚悟を決め、目を合わせると、
そこにいたのは、警察官のふたり組。
びっくりして窓をあけると、
「はい、一時停止違反ね〜」と。
あらら、そうきましたか。
怖いなにかに追われているとばかり思っていたので、
一時停止のところでは、減速したものの、
教習所のときのような、完璧な停止はしなかったのです。
「なーに急いでるの?、親族が危篤とかですか?」
なんて言うものだから、
さすがに、「おいおい警察官よ」と思ったけれど、
「追われていると思いました」とゆっくり話すと、
なにも言わずに、スルーされて、書類を渡されたのでした。
腹立たしいというような次元でもないような、そんなできごと。
罰金は7000円。
このじめじめした季節を乗り越えるために、
さっぱりとしたボタンダウンのシャツでも買おうと
机にしまっておいた定額給付金だったのですが、
残念ながら、シャツはあきらめて、Tシャツにすることに。
とほほ。
2009年06月04日
ルールを見つけて自由を知る
ある一定のルールを決めるということは、
一見、表現の可能性を狭めることのように思えるけれど、
むしろ、表現の奥深さのようなものを
追求していくことにつながるのではないか。
最近、建築に関する本を読んでいたのですが、
そこに興味深いお話がありました。
スペインの建築家ガウディが活躍した時代は、
エッフェル塔に象徴されるような鉄やコンクリートなどの
近代的な工業材料が出現したけれど、
ガウディはあえて古くさい石とレンガを使い、
カタルーニャ地方固有の伝統的な工法を採用する建築を追求した。
風土的な、あるいは技術的な限定の下で実行することによって、
創造性が生まれ、あのサグラダ・ファミリア大聖堂に行き着いた。
それから、安藤忠雄の場合は、
鉄とガラスとコンクリートという素材を中心にして、
幾何学による構成で、建築をする。
「誰にでも開かれた材料と構法をもって、
誰にでもは決してできない建築空間をうみだしたいと思っているのです。」
音楽家に関して言えば、たとえば、
sc-88proというDTM初心者が
まず始めに揃えるようなチープな音源と、
mac os9までしか対応していない
Opcode EZ-Visionというシーケンサーのみで、
今も制作を続けているレイハラカミの存在であったり。
それから、中野正貴の「TOKYO NOBODY」という写真集は、
「誰もいない東京」というルールを元に、
正月やGWなど本当に人がいないときに、
本来ならば人が多いはずの”東京らしい”場所での
撮影を長年に渡って撮り続けた作品。
最新号のブルータスでのインタビュー、
「簡単なルールを決めておいたほうが、写真が走り出してくれる。」
ということばは、「TOKYO NOBODY」を通して、
力強く、響いてきます。
*
ここからは、お話が飛躍してしまうのですが、、
ルール。
それは身の回りに存在しているものにも、気づかないだけで、
実は、たくさん存在しているのではないかな、とも思うのです。
それゆえに、たのしみが生まれたり、よろこびを感じたり、
ときには、腹立たしい思いになったりするのかもしれない。
こんなことを言うと、なんとも安直にと笑われるかもですが、
たとえば、「人は必ず死んでしまう」というのも、
言ってみれば、それもルールであって、
そのことにどれくらいの意識を注げるかで、
日常の見え方も変化してくるのでは、思います。
本当の意味で、自由であるということも、
ルールという存在を知ることなしには、
感じることができないのではないかなぁ。
そのルールとどう向き合うか、
そこでは、ルールからはみ出すという
選択ももちろんあって、
そんな局面をどれだけたのしめるかが、
自由に生きるということなのではないかなぁ、と思うのです。
2009年05月26日
アカバナユウゲショウ
なにげなく身近に存在しているものに、
いつもとはちょっとちがった接し方。
今まで、遠めからなんとなく、
きれいだな、と思っていた小さな野花に、
今日はぐっと近づいてみる。
香りを感じてみる。
実際に触れてみる。
その名前を調べてみる。
アカバナユウゲショウ。
とても小さくて繊細で、
なにげなく身近に存在しているものが、
自分のなかの世界を広げてくれる。

2009年05月16日
お蕎麦屋のおばあさんのメロディー
これまでのゴールデンウィークの記憶が、
ほとんどないことに気付き、
今年はどこかへ、と思っていました。
そして行った先は、秩父の温泉。
こんなこというと、おじいさんのようですが、
僕は、温泉でゆっくり時間を過ごしているときに、
こころの中から湧いてくる、「ごくらくごくらく」という
ことばを感じることが、大きなしあわせのひとつなのです。
ゆったりと温泉に浸かったあとは、
おいしい手打ちそばを食べました。
小さな看板をたよりに、車を走らせると、
結構な山奥に、ぽつんとお蕎麦屋さんがあらわれる。
周りにはのどかな畑があって、
ここで使われる野菜はすべて自家栽培とのこと。
ガラス越しに蕎麦を打つおじさんが見える。
コシのある蕎麦で、揚げたての天ぷらも、とても美味。
そして、それ以上に、感動したのが、
おじさんの奥さんの笑顔、所作がとてもすてきだったこと。
おばあさんと言っては失礼かもしれませんが、
お孫さんもいらして(連休だから手伝いにきていた)、
そのお孫さんとお蕎麦を運んだり、天ぷらを揚げたりしていました。
店内では、演歌が流れているのですが、
その曲に合わせて、ときどき、
おばあさんが、くちずさむメロディー。
そのうたごえのかわいらしさ、力強さ、美しさ。
お蕎麦のおいしさと相まって、とても感動してしまいました。
ほんとうに、演歌が大好きで、うたうことが大好きで、
自然と溢れてきたそのメロディー。
近頃、よい曲を書こうとばかりの思いが先走り、
なかなか形にすることができず、どうしたことか、
という日々を過ごしていた僕にとって、
その自然と溢れてきたメロディーの存在は、
とてもこころに響くものがありました。
*
中学生のとき、初めてギターで
自分の曲を作ったときのよろこび。
ラジカセを二つ並べての多重録音で、ときめいた気持ち。
お小遣いを貯めて買った、
4トラックのカセットMTRを手にしたときの興奮。
サンプラーというものに初めて触れて、
夜も忘れて、ひたすら曲を作り続けた記憶。
3人で初めて、せーの、で楽器を鳴らしたドキドキした気持ち。
そのときそのときの感覚は、
きっとまだ、こころのなかに、身体のなかに、しみ込んでいる。
そんなことを気付かせてくれた、
お蕎麦屋のおばあさんのメロディー。
音楽というものを、こころから大切にしたい。
そして、音楽の持つ、その大きな力への感謝の気持ち。
そんな、ごくあたりまえだけれど、
ときどきぼんやりうすらいでしまう、
その気持ちをしっかりと抱えていきたいと思ったのでした。
2009年05月10日
パンとカーネーション
ストレート過ぎてもなぁと、思い、
そうだ、パンが好きだよな、とひらめいて、
僕のお気に入りのパン屋さん、ダンディゾンへ。
吉祥寺まで、自転車で出かける。
母の日のプレゼント。
さまざまなパンを買っての帰り道、
いざ、考えてみると、
これでは彩りにかけるなぁと、感じて、
結局、お花屋さんにも。
慣れないお花屋さんという空間で、戸惑いながらも、
淡いピンクのカーネーションを選ぶ。
自転車のカゴから焼きたてパンのおいしい匂いが漂ってきた。
そして、ぴょんと頭ひとつ飛び出したカーネーション。
なんだか照れくさい気持ちで、誰にも会わないようにと、
そそくさと、家へと向かう自転車を進める。
家に戻ると、久々に姉も遊びにきていて、
手作りのパンを持ってきていた。
あららー、と、苦笑い。
でも、森川家は、みんなパンが好きなので、
うれしさは倍増、ということで。
母の日なんて、ちょっと、照れくさいなぁ、と思うけれど、
この日があるおかげで、照れくさいながらも、
感謝の気持ちを伝えることができるんだよなぁと、思うと、
よい一日だったなと感じたのでした。
2009年05月09日
散歩のなかのふたつの季節
じんわりと暖かな日差しに誘われて、
川沿いの道へ散歩に出かける。
これぞ春の感触、と、こころで呟きながら歩いていると、
次第に、だんだんと、暖かいから少し暑いなぁ、に変わってきた。
ぴかぴかの太陽が照らす強い日差し。
すっと、吸い込まれるように、木陰のベンチへ。
この木陰に入って感じる、心地よさに浸っていたその瞬間、
夏がやってくる、とこころで呟く。
散歩している、その時間のなかで、
ふたつの季節に出会いました。
いっそのこと、梅雨を飛び越えてしまいたいなぁ、と、
そんなことを思いながら、ゆっくりと歩きはじめました。
2009年04月07日
頭にくっついた桜
スタジオからの帰り道、午後の日差しに照らされた、
舞い落ちる桜の花がきらきらとしていました。
家に戻って、なんだか無性に、
ポン・デ・リングが食べたくなってしまい、
自転車で、ミスドへ行く。
その途中、さまざま、回り道をして、
いろんな場所の桜を見て回る。
今年の桜もそろそろ見納め。
道ばたで、おばさんが、子供を、
大きな声で叱っている。
怒鳴り声は、ちょっと苦手ですが、
でも、そのおばさんの髪の毛には、
桜の花が数枚くっついていて、
その光景は、あまり嫌な感じがしないなぁ、
いや、むしろ、和む感じがするなぁと、思いました。
2009年04月05日
まんまるの瞳
日が落ちる前にランニング。
ここ最近、ペース配分がうまくいくようになってきて、
心地よい疲労感を味わえるようになってきています。
今日は、桜がきれいな道を辿りながらの一時間弱。
途中、川沿いのサイクリングコースで、
まぶしいくらいに満開の、桜の下を走っているとき、
向こう側からやってきたベビーカーの小さな赤ちゃんが、
桜のまぶしさを見上げながら、
目を大きくまんまるにして、ぴったりと静止していた。
絵に描いたような、まんまるの瞳。
とても小さな赤ちゃんだったから、あの子にとって、
桜との、はじめての出会いだったのかもしれないなぁ。
僕は、なんだかうれしい気持ちになって、
いつもよりも軽快なステップでのランニングとなりました。
あの表情が、今も、僕のこころから離れないでいます。
2009年04月01日
今年も春がやってきた
朝、スタジオに向かう途中、
引っ越し作業をしているトラックの横を、
何度も通り過ぎました。
いろんな場所で、新しい生活がはじまろうとしているんだなぁ。
そう思うと、いつもと変わらない僕の日常も、
ちょっとだけ、鮮やかに感じてきました。
五部咲きになった桜を、いつもよりゆったりと眺める。
この季節は、その年ごとの、思い出が、
それぞれ、鮮明に残っています。
そのひとつひとつを思い出していくと、
じんわりとあたたかくなってきます。
今年も春がやってきた。
2009年03月24日
よい試合になるといいな
WBC決勝がとてもたのしみなのですが、
あいにく、今から、早朝スタジオに行ってきます。。
よりによってこんなタイミングに。
euphoriaは非国民なのか。
よい試合になるといいなぁ。
あわよくば、イチローのヒットでの
勝利なんてことになったら、最高です。
2009年03月22日
わからないままにすること、平和を願うこと
「分からないままにする」ということは、
とても高度なスタンスであると思います。
学習塾や予備校などの宣伝で、
「分からないままにしない」
というようなフレーズがあったような気がします。
確かに、受験のための勉強では、分からない部分があったら困る。
でも、学生生活を終えて、2年ほど過ぎた今、感じていることは、
「分からないままにする」ことの大切さについてです。
例えば、なにか自分とは異質のものに出会ったとき、
意味不明ということでその場で切り捨てるということは、
「分からないままにする」ということではないと思うのです。
もうすでに無いものとなっているわけだから、
そこには、「分からない」という概念も存在していない。
また、異質なものと出会っても、
それまでの自分の知識のなかで、
強引に処理してしまう傾向も、頻繁にあるので、
そういった意味でも、「分からないままにする」ということは、
大変、難易度が高いと思います。
身の回りには、「分からない」ことがたくさんあります。
そうしたものと「分からないまま」向き合い続ける。
その時間のなかで、思うこと、感じることを通して、
学びとったことは、いつまでも自分のなかに残るのでは。
そして、人と接するときも、
出来る限り、「分からないまま」でいられたらと思います。
他人と完璧に「分かりあえる」ことなんて
不可能である、ということを根底に置きながらも、
それでも、「分かりたい」という姿勢からでしか、
平和を願うこともできないのではないかなぁ。
2009年03月18日
ほんとうにすきなもの
昨晩録画しておいた、
NHK教育の「知るを楽しむ・星野道夫」を
朝食を食べながら見る。
毎回の放送ごとに、星野道夫に縁のある方が
番組を展開していくのですが、
三回目の放送の今回は、妻の直子さんが担当。
まだ結婚をしていないときのこと、
星野道夫が「あなたの夢はなに?」と尋ねたそう。
その頃は、フラワーアレンジメントに興味があって、
だけど、まだほとんど知識もない、という状況で、
なかなか一歩が踏み出せないでいた。
周りの友人や家族は、「あせらないでいいじゃない」
「もう少し様子を見てみたら」、という話が多かったけれど、
星野道夫に話したときには、こう言ったそう。
「本当に好きだったら大丈夫だよ」
そのひとことで、ふっと背中を押してもらって、
大丈夫なんだと思い、すぐに動きはじめたそう。
そして、取材者からの質問で、
「夢のあとおしの言葉は直子さんが特別だったからですか?」、
と聞かれると、笑い話なのですがと前置きをして、
「周りの友人の何人にも、”大丈夫だよ”と言っていたそうです。
私だけじゃなかったんだ、という。笑
誰に対しても分け隔てのない態度で接する人だったので・・・」
そんな素晴らしいお話を、うっすらと涙を浮かべながら、
語る直子さんの姿にじーんとくる。
大きな自然との関係性を語る星野道夫という存在だけでなく、
こうして、日常の中での星野道夫という存在にも、
触れることができて、なんだか新鮮な気分。
*
「本当に好きだったら大丈夫だよ」、
なんてすてきなことばなんだろう。
もちろん、これは星野道夫が語るから、
そこに奥行きが生まれ、感銘を受けるのですね。
僕も、本当に好きなものを
大切に、大切に、していきたいと感じました。
2009年03月14日
she has a rainbow
深夜のスタジオでeuphoriaの曲作りを終えて、
朝6時頃に家に戻る。
お昼前まで寝て、目覚めると、
この上ないほどの、どんよりした低気圧。
とても暗くて、重くて、なまぬるい。
こういうときは、どうしても、気分もどんよりしてきます。
家での曲作り作業も今ひとつはかどらず。
そうこうしているうちに、夕方、
眩しい日差しが雲間から射し込んでくる。
その光のなかで、降り続ける雨の様子がきれいで、
ベランダに出てみると、びっくり。
どこも途切れること無く、完璧な架け橋となった、
大きな虹に出会いました。
こんな絵に描いたような虹に出会ったのは、いつぶりだろう。
お昼に目覚めて、今日はなんてすさまじい重さなんだ、くぅ、、、
と思っていましたが、それには、こんな訳があったのですね。
2009年03月11日
笑ったことも怒ったことも
近頃はそれほどでもないのですが、
僕は調子の良いときと悪いときの差が大きいです。
それでいて、人に迷惑をかけてはいけないという思いから、
出来る限り、いつも通りのコミュニケーションを
こころがけようとして、
それから、家に戻ると、
バタンと倒れ込んでしまうようなことも多々ありました。
そんな不調時にも、
ちょっとした思いつきが浮かんだりする瞬間があって、
ほとんどのときは、
こんなこと思いついても、なんにも発展しないよなと、
その時点でばっさり切り捨ててしまうのですが、
あるとき、その思いつきを言葉にして
たまたま手帳に書き込んでました。
そして、数日後、普段の調子に戻った状態で、
そのページをめくると、こんなこと書いたっけなぁ、
という懐かしさで、その言葉は登場してきて、
そこから、さまざまなアイディアが湧いてきたのでした。
不調時の自分は、切り捨てて、無かったものに、
してしまおうと思いがちですが、
そんなときの自分もあるがままに受け入れることができたら。
調子が良いときも悪い時も。
うれしいときもかなしいときも。
笑ったことも怒ったことも。
暇なときも多忙なときも。
そういった、さまざまな自分の面を
溶け合わせることで、生まれてくるひとつの考えは、
きっと、太くてどっしりとした佇まいの、
しなやかな存在になると思うのです。
2009年03月09日
パジャマらしいパジャマ
早朝の澄んだ日差しに憧れながらも、
寝起きの悪い僕は、なかなか朝から活動ができない。
前日、寝るときまでは、早起きする気持ちがあふれているのに、
朝になると、どうしても。
どうしたら、このよろしくない習慣から抜け出すことができるか。
そこで、思い付いたのが、ちゃんとしたパジャマを着て寝て、
翌朝は、すぐに着替える、という方法。
これまで、家にいるときは、
ルームウェアという類いのものを着ていて、
そのまま就寝、翌日は、出かけるまでその服装でした。
いつからだろう、パジャマを着なくなったのは。
思い返すと、それは、中学一年生のときに経験した、
寮生活のタイミングだったと思います。
確かに、小学生のころまでは、パジャマを着ていた。
でも、寮生活で、上級生のほとんどは、
部屋着がパジャマだったのです。
その影響で、パジャマという存在が僕の中から失われていたのです。
ちなみに、懐かしい思い出ですが、
中学一年生の決められた仕事のひとつに、
ブタ当番がありました。ブタの餌やりや、ブタ小屋の掃除。
ブタ小屋の匂いは相当過酷なので、
豚着(とんぎ)なるものを着用するのですが、
なんと、豚着で就寝していた強者までいました。
euphoria3人が過ごした寮生活には、
一般人の度肝を抜くようなエピソードが満載なのですが、
話がそれてしまうので、またの機会に。
*
ということで、パジャマらしいパジャマを買いにいきました。
さわやかな歯磨きのCMでモデルの人が着用しているような、
ちゃんとボタンがついていて、ちょっとゆとりがある作りのものです。
でも、意外と、イメージしていたのがなくて、
ボタン付きはあきらめることに。
変わりに、長袖Tシャツとスウェットですが、
素材と色合いが、いかにもパジャマな感じのものを購入。
そして、買ってきたその日から、それを着用して、
朝は、すぐに着替える、という作戦を決行。
これが見事に成功していて、
3日連続、朝の日差しを浴びながら、行動ができています。
わざわざパジャマを買ってしまった、という追い込みの心理が
一時的に働いている気もしていますが、、、
洗濯をして、コーヒーもじっくり煎れてしっかりとした朝食、
そして植物の水やり、といった、心地よさを実感することで、
朝から行動するという習慣、
しばらくは、続けられるのではないかな、と思っています。
*
パジャマつながりということで、
lullatoneの "Plays Pajama Pop Pour Vous" をオススメ。
本作のコンセプトは、なんと「パジャマ・ポップ」。
バスドラムの音が、枕を叩いた音( ! )のサンプリングだったりします。
少ない音数で、充実した音楽です。

lullatone "Plays Pajama Pop Pour Vous"
2009年02月26日
まわりの世界を歪ませず
以前のvoiceで、「偏見を持たないという偏見」について書きましたが、
あれからも、時々、そのことを考えています。
偏見から解放されることは、
自分のまわりに広がる、大きな世界と、
しっかりとつながっていくために、
とても大切なことであると思います。
ただ、実際の日々の中でどうしたらいいかとなると、
無意識の中で、自分の都合の良い形へ自動的に、
決めつけてしまう働きのある脳の性質から考えても、
なかなか難しいことだなぁ、と思います。
そもそも、そんなにいろいろと考えて、
どうこうなる問題ではないのかな、とも思ったり。
でも、ひとつ思い浮かんだことがありまして。
それは、「どんな場面でも人をバカにしない」という生き方。
それをこころがけるのはどうだろう。
自分とは異質のものに対して、
ちょっとイライラしたり、腹立たしくなることや、
否定的な考えを持つことは、ごく自然なことで、
それは、とても大切な感情であると思います。
でも、その姿勢の中に、少しでも、バカにしたような気持ちがあると、
どうしても、自分のまわりの世界は歪んで見えてくるのではないかなぁ。
「どんな場面でも人をバカにしない」。
シンプルだけれど、きっととても難しいこのテーマ。
頭の片隅に置きながら、じっくり膨らませていきたいと思っています。
2009年02月04日
グアテマラつながりの驚き
池澤夏樹と石牟礼道子の対談に興味を惹かれて、
2008年10月号のcoyoteを古本屋さんにて購入。
対談内容は ”世界文学とは何か?”。
数日後、スタバにて本日のコーヒーがおいしいなぁ、と思い、
調べてみたら、グアテマラの豆を使っているとのこと。
酸味の強いコーヒーは苦手だけど、
このとき飲んだグアテマラは、とても上品な酸味がほのかに漂っていて、
いい具合の渋さ加減もあり、こういうコーヒーもいいなぁ、と。
家に戻って、ふと本棚に目をやると、
そういえば、こないだ買ったcoyoteの巻頭特集が、
”森の国、グアテマラ” であったことに気づく。
これはちょっとした偶然、ということで、
パラパラとページをめくる。
人間が最も住みやすい、一年中、春の国で、
花や樹木の緑が多く、湖や山がとても美しい天国。
深い緑が美しい写真を眺める。
そして、おっ、と驚いたのが、
「グアテマラの楽器として最も知られているのが、マリンバ」という文章。
グアテマラの国民的楽器として、村祭りや結婚式、
または観光客向けのパーティーなどでも演奏されているそう。
僕の音楽との出会いは、小学生の時にマリンバを習っていたことなので、
コーヒーに引き続き、これまた親近感。
と、そんなこんなで、今日、びっくりしたことがありまして。
organic stereoのmyspaceで、フレンドリクエストをチェックしていたら、
グアテマラに住んでいる方から、
「いい音楽をありがとう」、というメッセージが!
ここまでさまざま重なると、なにか不思議な力の存在を感じてしまいます。
その不思議な力で、今度は、
「グアテマラで演奏してみないか?」というようなことが起きないかなと。
そんなスケールの大きな出会いができるような、
生き方ができたらいいな、と思ったのでした。
2009年01月29日
歩き続けること
j-waveのboom townという番組のlive the lifeというコーナー、
もともとはorganic stereoの"the frog princess"をBGMで
使っていただいているからということで昨年から聴き始めたのですが、
毎回出演されるゲストの方のトークがおもしろくて、
たのしみにチェックしています。
最近では、写真家であり冒険家の
石川直樹さんの登場がうれしかったです。
週の最後の放送では、本人が大事にしている思いを
色紙に書いて発表するのですが、
石川さんの言葉は、「歩き続けること」。
僕は今年の目標として、
「急がずに、でも遅すぎることなく、歩き続けること」、
を考えたのですが、
たくさんの旅をされている石川さんの口から、
この言葉を聞いて、
今年の目標がより立体的に見えてきました。
それから、先週のゲスト、
映像作家の丹下紘希さんの、
「道ばたの石ころを宝石と思えること」
というお話もよかったなぁ。
そして、今週は、蒼井優さんがゲスト。
自分の話す言葉をゆっくりと探しながら、
控えめなテンポでの話し方、
それでいて、芯が強くてまっすぐな感じがいいなぁ、と思いました。
蒼井優さんの声のうしろでorganic stereoが流れているのが、
なんだかとても、うれしかったり。
テレビよりラジオの方がおもしろいなぁと、最近感じています。
2009年01月22日
自分にはなにもできない
小室哲哉被告の初公判のニュース。
テレビのコメンテーターや街角の声などが取り上げられていて、
そのほとんどは、あきれた様子や怒りや
笑いのネタのようになっているけれど、
それを見ていて、なんだかなぁ、と思ってしまう。
確かに、異常なほどの金銭感覚や売れていたときの不思議な発言など、
おやおや、と思ってしまうことは多いけれど、
果たして、もしも自分が、長者番付がどうこうという境遇にあった場合、
どうなってしまうのかと、考える。
普通の人間だったら、きっと、いろんなものが見えなくなるだろう。
それは、ごくごく自然のことのように思えます。
その境遇のなかでも、大切なものを見失わないでいるのは、
それこそ尋常ではないような気がします。
その境遇を想像すらできない僕なんて、
間違いなく、ダメになってしまうなぁ、と思うのです。
もっと規模が小さいものであれば、
今回のような状況に身の回りで出会うことがあるかもしれない。
そんなときになにができるか。
たとえば、いつも感謝の気持ちを忘れないでいれば大丈夫と思っていても、
自分が置かれた状況によっては、困難なことなのかもしれない。
こころのなかの静けさに耳を傾ける、なんてことは、なおさら難しいのだろう。
自分でなにかできるということは、思い浮かばない。
たった一つ、できうることとしては、
信頼のおける人や、家族、大切な人、友人、
身近に、その存在を大切にしていくことくらいだなぁ、と思うのです。
2009年01月17日
休ませてあげる
「休んでしまう」ではなくて、「休ませてあげる」。
自分の体に、そう言い聞かせることのできる
余裕を持ちたいものです。
いつも体調が崩れかけてから、
仕方なく、今日は早めに寝なくては、
と考えてしまっていたところを、
常日頃から早めの就寝をこころがけることができたら。
そこから生まれたよいリズムは、
それまでの夜更かし作業の連続よりも、
きっと質の高いものを作りだしていけるはず。
ここ最近、体の大切さをいろんな場面でつくづく感じています。
今日読んだ「体は全部知っている」という吉本ばななの小説も、
今の僕にタイムリーなお話で、なかなかの読後感でした。
2009年01月14日
遠くを見渡せる視界
あけましておめでとうございます(遅ればせながら)。
今年も、どうぞよろしくおねがいします。
年末から、目の具合がよろしくなくて、
本を読んだり、パソコンをしていると、頭痛に悩まされていました。
眼科へ通い、コンタクトの度数を変えてみたりと、
色々と原因を探してみたものの、なかなか改善されず。
目の不調は、生活全般に影響を及ぼすものなのですね、
どうしようかと考えた末に、そうだ、この際、
前々から興味があった、レーシックの手術(近視手術)を試みてみよう、
ということで、先日、無事に手術を終えて、
快適裸眼生活をしています。
まだ多少の違和感はありますが、以前の疲れ目からは解放されたのです。
ちょっと前までは、安全面や金銭面などで、
だいぶハードルが高かった、近視手術が、
ここ最近、新しい設備の開発がめまぐるしく進んで、
だんだんと身近な存在になってきているようです。
もう何年かしたら、歯医者さんで虫歯を治すような感覚で、
ちょっと視力が悪くなったから、視力回復しよう、
なんてことにもなったりするのかなぁ。
まぁ、個人個人の角膜の厚さなどの関係もあるので、
話はちょっと違ってくるとは思いますが。
手術を終えて、帰り際、14Fにある近視クリニックの大きな窓から、
東京の街並をしばし眺めていました。
遠く遠くの細かな部分まで驚くほどに繊細に見えました。
この遠くまでを見渡せる視界を、
こころのなかにも取り入れることができたらいいな、と、
そんなイメージが湧いた近視手術でした。
2008年12月02日
偏見を持たないという偏見
だれかの偏見によって、
ぎくしゃくした人間関係だったり、
冷たい世の中だったり、
醜い争いごとだったりが、
起きているのではないかな、と考えて、
ぼくは、なんとしても偏見だけは持ちたくないと、
そんなことを思っていたときがありました。
でも、ちょっとこころを落ち着かせてみると、
その、" 偏見だけは持ちたくない "という考え方そのものが、
偏見というものではないかな、と思ったのです。
ある人に対して、
「あの人は偏見ばかりで」と決めつけていては、
自分自身だって、偏見を持っていることになります。
なんだか、こんがらがりそうな話ですが。。
人はだれでも、少なからず、偏見を持ってしまうもの。
そのことは、常に意識しておく必要があるのでは?
身の回りで偏見のようなものに出会ったとき、
「なんだ、あいつ!」と、ばっさり切り捨てるのでは、
それこそが、れっきとした偏見そのもの。
偏見と感じてしまうものを、
自分自身の偏見で切り捨てるのではなくて、
どうしてその偏見のようなものが生まれてしまうのか、
考える姿勢を大切にできたらいいなぁと、思うのです。
2008年11月21日
いつもとちがう宅急便
午前中に宅急便が届く。
笑顔がさわやかな、
いつもの配達のお兄さんだったのですが、
なんだかいつもと様子が違って、
印鑑を押そうとした僕は、玄関から、
落っこちそうになる。
それは、配達のお兄さんが、いつもより、
玄関口からだいぶ離れたところに立っていたから。
そして、いつもよりかしこまった応対。
そうか、あの事件があってのことなのですね。
新聞で読んでいたときは、ふむふむと、記事を読んでいたものの、
実際、こうした状況の、犯行であったことを思うと、
とても恐ろしく、そしてなんとも悲しい気持ちに。
2008年11月17日
踊りだす音たち
家全体の大整理は、
これはもしや引っ越し以上の労働なのでは、
なんて思うほどの大変さ。
その作業も、終盤戦。
これまで10年近く過ごしてきた、
スタジオ兼、僕の部屋も、
このたび、移動することに。
これまでの部屋は畳の部屋に絨毯を敷いていたので、
耳がしんとなるほどに、音の響きがない、デッドな部屋でした。
ミックス作業は、だいぶクールにできるという
メリットはあったけれど、
楽器を弾いていて、または好きな音楽を聴いていて、
楽しい感じはあまりなく、
真剣に練習したり聴き込んだりに、適した部屋でした。
その部屋とは、まったく正反対の、
音の響きがめっぽう多い部屋に移動したのです。
ミックス作業でのモニター環境は、さまざま改善の余地がありますが、
アコギをさらっとつま弾いた感じは、最高。
ここから、また新しい曲たちと出会っていくことがたのしみです。
この部屋で音楽を聴くのも、今までになく心地よい。
音のひとつひとつが踊りだすかのようで、うれしくなってくる。
静かな夜、部屋移動の作業途中でしたが、
スピーカーから流れてくる、
フェデリコ・モンポウの静穏なピアノ曲が、
新しい部屋の響きと混ざり合い、思わずうっとり。
うっとりはいいですが、うっとりすぎて、そのままぐっすり。
固い床から目覚めた僕は、労働の疲労感と相まって、
相当な筋肉痛。
部屋完成まであと一息。
2008年11月04日
しなやかなスタンス
一週間ほどかけて、自宅の家全体の
大掛かりな整理をしています。
屋根裏にも家族の大量の荷物があって、
保存するべきものと不要なものとを、
選別していく作業は、なかなか大変です。
大量のCD、書物、写真、ビデオテープ、などなどを眺めながら、
これは、パソコンに取り込んでおけばいいなとか、
これはインターネットですぐ調べられるな、と判断して、
大多数のものは部屋のスペースの都合上、処分していくことになります。
そんななかでも、とっておきたいな、と思うものたちというのは、
人から手渡しでもらったものや、
お気に入りすぎて、体に染み付いている存在のものなど。
そういった条件は、多くの人が共通であるかもしれません。
だから、この先、どんどんと情報化が進んでも、
物そのものの存在の大切さを意識したい、
と考えることにつながっていくと思います。
確かに、それは、とても正しいことですし、
ちょっと前までは、僕もその大切さばかりを考えていました。
でも、身の回りの至るところで起きている情報化の
目まぐるしい進化を思うと、
今は正しいことでも、その正しさが何年か先には
通じなくなることもあるのではないかなぁ、とも思うのです。
そうした社会の流れのなかで、どんな生き方をしていけばいいのか。
そうそう簡単に答えが見えるわけでもなく、
むしろ、答えなんてないような問題なのかもしれないけれど、
常に考え続けていくということが大切なのではないかなぁ。
世の中の流れにそのまま流されるわけでもなく、
だからといって、世の中に背を向けるわけでもなく、
しなやかなスタンスで、さまざまなことを
考えられたらいいな、と思っています。
2008年10月12日
自転車屋さんのおじさんと、こころのあたたかみ
ぼくの自転車は、
中学生のときから乗っているので、
10年以上も乗り続けていることになります。
歩きだと、ゆっくりすぎて、それほど景色は変わらなくて、
車だと、速すぎて、景色をじっくり味わうことができない。
そういったわけで、ぼくにとって、自転車という乗り物は、
一番しっくりくる存在なのです。
そんな自転車好きなぼくなので、
通常よりも、多く自転車にお世話になっていて、
それで10年以上、しかも、普通のシティーサイクル(ママチャリ?)で、
というのは、だいぶ長持ちしている方だと思います。
その自転車が、先日、故障してしまい、
このところ、ギコギコ音も大きくなってきていたし、
そろそろ寿命かな、古いものだし修理も高くつくだろう、
最近の自転車は、ずいぶん低価格だから、
新品買った方がいいかな、なんて考えながらも、
近所の、自転車屋さんに状態を見てもらうことに。
この自転車屋さんは、ぼくが生まれたころからある、
職人気質のおじさんが働いている年季の入った小さなお店。
おじさんは真剣な眼差しで自転車のあちこちを眺め、
穏やかながらも頼もしい口調で、ひとこと、
「直してみよう」。
つなぎ服はもちろん、顔回りまで、
油の汚れでいっぱいのおじさんの、
温かい眼差しに、そっと背中を押される感じで、
迷わず、「それでは、おねがいします。」とお伝えする。
そして数日後、故障していた部分以外にも、いろいろ点検してくれて、
おまけに、塗装までサービスしてくれて、
最高に乗り心地のよい自転車に生まれ変わりました。
それまでが相当ガタガタな状態だったということもあるけれど、
こんなにも滑らかな乗り心地、それはまるで、
地上から数ミリ上を進んでいるような感覚。
そのうれしさに誘われて、ふたつ離れた街まで、
長めのサイクリングに出かけたのでした。
*
修理にかかった費用は、結局、
低価格の自転車と同じくらいだったのですが、
愛着のあった自転車にさらに深い愛着が
湧いてきたというよろこびを思うと、
おじさんにおねがいしてよかったなぁ、と思いました。
いつまでも大切にしたいという気持ちになったのです。
近頃、身の回りでは、とにかく安くとか、楽に素早くとか、
そういったことばかりが重視されていて、
職人さんのような存在の影が、
どんどん小さくなってきているようですが、
今でも、こうして実際に、「ほんとうによい仕事」に
出会ったときに広がる、こころのあたたかみを感じると、
大切にするべきものについて、改めて考えてみたくなります。
そして、これから自分が作り出していくものについても、
同じような視点で考えてみたり。
2008年08月16日
銀メダリストの姿から
オリンピックを観ていると、
こらえることができないくらいに、
じーんとくる瞬間があります。
もちろん金メダルを穫ったときは、とてもうれしいのですが、
あと一歩で、金メダルを逃して、銀メダルというときのシーンに、
なんだか、じーんとしてしまうというか、震えがくるというか、
大きくこころが動きます。
このオリンピックに向けて、毎日のように、
僕たちの想像を遥かに超えた厳しいトレーニングを積み重ね、
ひとつひとつの試合に向かうプレッシャーと向き合いながら、
ときにはスランプになって、苦しんで、
思い悩んだり、それでも乗り越えたり、
そんな積み重ねの日々が、銀メダリストの姿からは、
特にリアルに、強烈に浮かび上がってくるのです。
金メダリストの涙からも、
それまでの苦悩の日々が伝わってきますが、
それとは別の次元といいますか、
観ていて、いてもたっていられなくなる感覚で、
思わずテレビ越しに、涙ながらの声援を送ってしまうのです。
柔道女子の塚田選手が最後までリードしていながら、
ラスト10秒ほどで、背負い投げされて金メダルを逃したとき、
僕のなかにたくさんの想像が生まれて
(勝手な思い込みも多いと思いますが)、
ぶるぶると震えてしまいました。
そして、翌日の朝刊で、
銀メダルを手にしている塚田選手の
とても清々しい笑顔を見て、
またまた、えらく、感動してしまったのでした。
2008年07月29日
そよぐ風、なくなった夏休み
夏休み。
小学生の頃はこのことばを聞くだけで、
胸がわくわくして、うれしくなっていました。
それから中学高校、そして大学と、
年齢が上がるにつれて、だんだんと
その気持ちは薄らいできたけれど、
それでも、やはり、夏休みになるとうれしくて、
計画表を書いたり、旅行に出たり、
さまざまな思い出があります。
今年は、夏休みがなくなって、二年目の夏。
冷房をつけた部屋でぼんやりと時間を過ごしていると、
夏休みがなくなったことを思い、ちょっと切なくなる。
なんだかなぁ、と思って、
夏の空でも見てみようと、なにげなく窓を開けてみた。
その瞬間、真夏の日差しをすり抜けて、
すっと、心地よい感触の風が吹き込んできたのです。
冷房をつけて過ごしていたから、
今日、こんな心地よい風がそよいでいること知らなかった。
うーん、なんとも気持ちよい、
これは、まるで、夏休みみたいだな。
そよぐ風には、さまざまな思い出がつまっている。
そよぐ風が、なくなった夏休みを届けてくれたみたいです。
2008年07月14日
ライン
理想をぼやけさせながら、
むやみにそれを高い位置に持っていく、
それは、いつもの悪い癖。
そうではなくて、
現状を過少したり過多したりせずに眺めて、
しっかりとラインを定めること。
そのなかで、出来うる限りの努力。
ラインを明確にできたら、
それ以外を、潔く、手放せるようになりたいものです。
2008年07月05日
うなぎのゆくえ
中国産のうなぎをうなぎの名産地である四万十川産と偽り、
販売していたということがニュースになっています。
この「偽装」関連の事件は、
いろいろなところで問題になっていて、
今回の事件に関しても、販売元の社長さんが出てきて、
「早く認めなさい」、「嘘つき」、みたいな扱いで、
取り上げられています。
でも、それと同じくらい気になるのは、
今回、四万十川産と偽り、
販売された数の9割方を占めていた中国産のうなぎのゆくえのこと。
どうなってしまうのだろう、
そう考えると、とても胸が痛みます。
こんな事件に巻き込まれなければ、
うなぎとしての存在を全うできたはずなのに。
うなぎのたたりが起きるのではなかろうか。
2008年07月01日
奏でた音が、帰り道の人混みに吸い込まれないように
ある日の表参道からの帰り道、
新しく開通した副都心線で、のんびりと
明治神宮前から帰ろうと思ったけれど、
夜もだいぶ遅かったので、本数が少なく、
山手線で原宿から帰ることにしました。
多少の混雑は、覚悟していたけれど、
なんだか、いつもに増して人の数が多い。
どうやら代々木体育館あたりで、ライブがあったようで、
その歌手の(とても有名な人)のグッズを身につけた人がたくさん。
まいったなー、こんな混雑に巻き込まれるなんて。
時間はかかっても、副都心線を使えばよかったなぁと思いながら、
駅の階段のど真ん中で立ち止まっている人たちの間を抜けて、
少しでも空いてるホームへ歩こうとしていたとき。
そこにいた人(その歌手のグッズの帽子をかぶっていた)と軽く肩がふれて、
その瞬間、もの凄い形相をこちらにむけて、あからさまな舌打ち。
僕も、その日はだいぶ疲れていたので、
こころのなかではちょっとむっとしてしまったけれど、
少し頭を下げて、そのまま通り越していきました。
なんだか、少し、かなしい気分に。
素晴らしいライブを観た帰り道、僕にはいろんな思い出がある。
そんな時の心境は、いつも、
今まで目にしてきたあたりまえに存在していたものまでも、
きらきら輝いて見えてくるような気持ちが溢れていて、
これからの自分の日々がわくわくしてくるような、そんな感じ。
ライブを観に行った後、その内容がいまひとつの場合、
ときには、疲労感におそわれることもありますが、
確かに疲れはあっても、そんなことを忘れてしまうくらいの
大きな感動に満たされるライブもあります。
今回出会ったような数のお客さんが集うライブとは規模が違うけれど、
僕も、頻繁にライブをさせてもらう機会があります。
自分の奏でた音が、その日一瞬で、
帰り道の人混みに吸い込まれ、
消えていってしまうことのないように、
そして、あわよくば、
観に来てくれた人たちの
なにかしらの力になれるような、
そんなライブができるように、
ひとつひとつのステージと真摯に
向き合っていきたいと思ったのでした。
2008年06月26日
走りたいから走る
ここ数日、いまひとつ頭が冴えない。
先日、巨大なゴキブリに遭遇したショックからなのでしょうか、
いや、もちろん、そんなことではないのですが、
創作意欲や、新しい発想が湧いてこないのです。
こういうときに、どうして創作意欲が湧かないのかと、
探っていくことは、最もよろしくないことで、
そんなときには、長距離のランニングに出かけます。
前までの自分だったら、調子の悪いとき、
その原因を細かく探り続け、
さらに深みにはまっていくことが多々ありました。
でも、そんな原因が簡単に分かるのであれば、
そもそも不調にはならないわけで、
そんなときは、今の状態を
あるがままに受け入れようとこころがけています。
そう、そんなときに、ランニング。
これも、不調から抜け出すために、
なんて思いながら走ってはいけません。
ただ、走りたいから走る、
そして、ゆっくり通り過ぎる景色を楽しむ。
そんな心地よさから、あわよくば、
新しい発想が生まれることもありますが、
それが目的ではないのです。
「人間はほんとうに重要なことについては、
ほとんど必ず原因と結果を取り違える」
という一節が、今朝、読んでいた本にありました。
たとえば、人とのコミュニケーションにおいて。
僕たちに深い達成感をもたらす対話というのは、
「言いたいこと」や「聴きたいこと」が先にあって、
それがことばになって二人の間を行き来するのではなくて、
ことばが行き交った後になって、
はじめて「言いたいこと」や「聴きたいこと」
を二人が知った、そんな経験。
たしかに、すでに「それ」が分かっているのであれば、
これから起こす行動に、大きな魅力は生まれません。
そんな観点から、「いま」を大切に生きるということを考えています。
*
こうやって、長々とvoiceを書くことが出来たということは、
だんだんと調子が上向きになってきたのかもと、
心地よいランニングを終えて、気づいたのでした。
2008年06月23日
嫌な夢をたくさん
真夜中によく冷えたアイスコーヒーを飲みながら、
お気に入りのヘッドホンで音楽に浸っていたら、
足下の左30cmあたりを黒い物体が通り過ぎました。
声に鳴らない悲鳴をあげて、視線で追いかけると、
それは、やはり。。
寿命がだいぶ縮まる。
気を失いかけながら発射したゴキジェットは、
放出しすぎて、一缶使い果たし、部屋の匂いは凄まじく、
リビングで寝ることに。
そして、嫌な夢をたくさん。
2008年06月16日
新しい朝
" 僕達はいつも新しい朝をポケットに持っている "
KONDO TOMOHIRO OFFICIAL WEB SITEで、近藤さんが書かれていたことば。
なんて素晴らしいことばなんだろう。
このことばがあれば、いつでも、きっと動き出せる。
ちょっとした不安が積み重なって、視界がぼやけ、
身動きがとれなくなってしまうことの多い僕ですが、
そんなときには、自分のポケットから新しい朝を。
7/2に発売される近藤さんの新しいアルバム『二つの鼓動』の、
1曲目のタイトルは、“A NEW MORNING”。
発売日がとても待ち遠しい今日この頃。
2008年06月14日
暮らしやすさ
姉の引っ越しの手伝いで、いろいろな荷物を車で運ぶ。
自宅からは車で30分ほど離れたところにある、新しい姉の家は、
木々や花々に囲まれたのどかな環境で、
すぐ近くには大きな公園があったり、落ち着いた雰囲気の坂道があったり、
とても心地よく時間が流れていました。
きっといろんな物件を巡り巡って、見つけたんだろうな。
思えば、僕が生まれたときから暮らしている、この自宅も、
すぐ近くにきれいな川の流れる公園があったり、
いろんな種類の小鳥がベランダに遊びにきたり、
窓から窓を通り抜ける風が心地よかったり、
なかなか暮らしやすい環境。
そんな恵まれた環境に慣れきってしまい、
これがあたりまえのように感じていた僕は、
いつか新しい暮らしをはじめるときは、
ある程度の大きな音さえ出せれば、どこでもいい、
なんてことを考えていたけれど、
思っている以上に、住環境って大切なんだろうなぁ。
いつの日かやってくるであろう、
新しい家に住むときのことを思いながら、
いろんな想像を巡らせては、
わくわくしたり、なんだか不安になってきたり。
暮らしやすさを考えながら、また姉の家に遊びに行こうと思います。
2008年06月07日
体とこころを動かす努力
新年を迎えるときには、それまでの自分を振り返り、
これからの目標をかかげて、やる気がひしひしと湧いてくる。
誕生日を迎えるときにも同じく、自分を振り返り、
目標をかかげて、新鮮な心構えが生まれる。
僕は、そんな単純な人間だったりするので、
6月生まれのであってよかったなぁと、思います。
1年間のちょうど半分の周期で、
そのタイミングがやってくるわけです。
*
26歳になった自分に向けて、いろんなことを考えています。
いまの時期は、いくつかの理想をかかげてみても、
そのほとんどは、遠く遠く離れた存在で、
そこに辿り着くまでの途方もない道のりを思うと、
ときには、不安に押しつぶされそうになることも多々あります。
でも、そんなとき、悩みに深入りして、
もやもやした気分のまま、
身動きがとれなくなってしまうことのないように、
意識的に体とこころを動かす努力をしたいと思っています。
きっとそこから、いろんなものが見えてくるのではないかなぁと、思うのです。
2008年06月03日
意外にも、近いところにある
いくら進めていっても、とことん考え込んでみても、
「うーん、全然ダメだ」と、途方に暮れる。
でも、おもしろいことに、
その「全然ダメだ」から、「これかなりいいなぁ」までの変化は、
意外にも、近いところにあるようです。
どうにもこうにもまとまらなくて、途方に暮れそうなとき、
ほんの小さなアクションで、すべてが途端に整いはじめる。
euphoriaの新しいアルバム、
"silence in everywhere"を制作している最中に、
そんな瞬間が多々ありました。
日々のなかで、なにか新しいものを
作り出そうとしているときに、大切なのは、
そのものに対して、しっかりと向き合いながら深く追求していくと、
往々にして、行き詰まることがあるけれど、
そんな状況を、投げやりにせず、焦ることなく、
ゆったり、どっしりと過ごすということ。
「全然ダメだ」から、「これかなりいいなぁ」までの変化が、
意外にも近いところにあることを頭の片隅に置きながら。
2008年05月30日
思いやり
今日を生きるのに遅れてしまわないように、
時には、相手のことを考えない勇気を持ちたいと思う。
今日を生きるのに遅れてしまっている状況では、
ほんとうの意味で、相手のことを思いやることなんてできないのだから。
*
自分に対して半端だから、相手への思いも半端になる。
自分に対して確かな責任を持てば、
相手への思いやりも確かなものになる。
2008年05月27日
ギターとコーヒー
あちらこちらで、物価上昇が騒がれていても、
いまひとつ、強い実感が湧いていなかった僕ですが、
先日、久々に街を歩いていたときのこと。
ふらっと立ち寄った楽器屋さんで、
"fender製ギターの値上げ”のお知らせを見かけ、
帰りに立ち寄ったドトールでは、
コーヒーが値上がりしていて、
そのとき、物価上昇を身にしみて感じました。
他のことでは、そんなに気にかからなかったけれど、
ギターとコーヒー、なんだかずしんと響きます。
おいしいコーヒーを飲みながら、
ギターが心地よく鳴ってくれさえしたら、
きっと、それだけで充分、満たされる人なのかも。
2008年05月26日
夏のはじまり
夕方に、家の前の坂道を、自転車で駆け下りると、
なんとも心地よい、初夏の香りが漂っている。
その空気を全身で感じながら、
青空に浮かぶ、大きな入道雲を見上げる。
なんて、広大で、穏やかなのだろう。
その瞬間、僕が小さな頃に感じていた、
さまざまな形のしあわせな記憶が溢れ出してきました。
この気持ちさえあれば、
このさきにある、いろいろな不安や困難も、
しっかりと向き合いながら、日々を過ごしていけるかな。
そんなことを思いながら、
ゆっくりと夏のはじまりをサイクリング。
2008年04月19日
よりよく生きるための音楽
最近、いろんなことを忘れやすい。
人から頼まれていることだったり、
期日のあることたちも、
ついついうっかり忘れそうになる。
そんなことをしていては、たいへんなので、
メモを頻繁にとるように心がけたり。
でも、そういった忘れては困るという事柄以外の、
日常での身の回りで起きている、
小さなよろこびだったり、
感謝の気持ちだったり、
ちょっとした違和感だったり、
そういったことは、気づかぬうちに忘れているのかもしれない。
*
ここ最近は、euphoriaのアルバム制作に、多くの時間を使っています。
締め切りも、日に日に迫ってきていて、ときには、
焦りも感じてしまって、頭がぐしゃぐしゃになってしまうことも。
そして、そうしているうちに、
身の回りに起きている、ほんの些細だけれど、
とても大切なことたちを見逃してしまっているような。
こんなことでは、本末転倒。
なにげない日常にある、
ほんの小さなよろこびだったり、しあわせだったり、
(ときには、それは目には見えないものだったり、
触れることのできないものだったり)
を大切にしたいと思って、音楽をしているのだから。
そういったことたちが、豊かな日々をささえていると思うのです。
日々を豊かに、
よりよく生きるために、
音楽をつくっていけるように。
2008年03月30日
はじまる前から、そんな予感
吉祥寺warpでのライブ。
リハを終えて、小雨が降るなか、横尾という、
お気に入りのカフェまで歩く。
その途中、街灯に照らされた、夜桜がきれいで、
ちょっとのあいだ、立ち止まる。
このところ、ライブ準備やアルバム制作で時間がなく、
お花見できないことを悔やんでいたけれど、
この一瞬の桜で、なんだか十分に満たされた気持ちに。
横尾は、やはり、いつ来ても、落ち着いた気分になります。
自分のなかにあるさまざまな事柄に、
YESと応えたくなる感じ。
一見、素朴に見える、インテリア、
実は、とても手が込んで作られているんだろうな。
木の質感をそのまま大切にした机だったり、
天井からつるされた裸の電球だったり、
並べられた本の置き方だったり、
細かなもの、ひとつひとつがここちよい。
こんな部屋に住みたいな、こんなスタジオをつくりたいな、と、
わくわくした思いをひろげてみたり。
ゴルゴンゾーラチーズの焼き豆餅とマンデリンブレンド。
なんとも美味。
きっと今日のライブはだいじょうぶ。
落ち着いてよいライブができたな、と思える日は、
はじまる前から、そんな予感を感じていることが多いです。
打ち上げの席では、共演したarのみなさんとのお話で盛り上がる。
音楽への向き合い方など、共鳴することが多く、
音楽を軸にいろんな話題にひろがって、気づいたら、朝の5時。
自然だったり芸術だったり、そういったもののなかに、
社会が存在しているはずが、
すべてを社会に詰め込もうとしている状況。
いろんな角度から考えてみたいテーマです。
2008年03月25日
彼は、きらきらとした表情で
"december"という新曲のミックス作業に苦戦する。
主旋律を奏でるギターを前面に持ってくると、
ドラムが寂しくなって、だからといって、ドラムの輪郭を強調すると、
今度は、ギターが、ぼやけてくる。
そして、ベースの位置をどこまで低くもっていくか、
などなど、さまざまな方向を行き来して、迷い込んでしまいました。
*
そんなタイミングで、玄関のベルが鳴って、
誰かな、と思って、階段を降りると、
1年ぶりに会う高校の同級生。
通っていた高校は、そのまま大学につながっていて、
僕は他の大学に行ったのですが、
彼はそのまま進学して、卒業。
それから今度は、大学の教育学部に入るために、
まるまる2年間、猛勉強していて、
先日、めでたく、京都の大学に合格したとのこと。
これからはじまる、新入生としての大学4年間を
彼はきらきらとした表情で心待ちにしている。
「教師という道に限らず、さまざまなことを経験していきたいんだよね」
という力強いことば、かっこいいなぁ。
「森川は、最近はどうしてるの?音楽してるんだよね。」
「うん、どこまで行けるかなんてわからないけど、
今の時期にどれだけ充実させられるかが重要だと思ってるんだ。」
そして、「お互いがんばろうね」、と笑顔で声をかける。
5月にはeuphoriaのライブが京都であるので、
そのとき、会おうね、といって、「じゃ、またね!」
*
とても前向きな気分で、階段をあがり、部屋に戻る。
そして、スピーカーの前での作業を再開。
2008年03月19日
ちょっと気持ちをゆっくりと
春の日差しを浴びながら、
梅の香りのする方へ、ふらりと散歩するのが、
僕のしあわせだったりするのですが、
今シーズンから、花粉症デビューで、
外に出るのが辛くなって、なんともかなしい。
自転車に乗っていたときに、携帯を落としてしまい、
夜、家に戻ってから、懐中電灯片手に、
通った道をひたすら探すも、
見つからず、途方に暮れる。
翌日、交番に行くと、親切に届けてくれた人がいて、
ほっと、ひと安心。
車でスタジオに行く途中に、
住宅街の細い道で、乗用車と出合い頭の事故。
少し首を痛めた程度で、大きな怪我はなかったけれど、
車の傷はだいぶ大きい。
と、なんだか、ここ最近、嫌な出来事が立て続けに起きていて、
どうしたものかと、深呼吸。
今朝、amazonから届いた、
映画「めがね」のDVDでも観ながら、
ちょっと気持ちをゆっくりとさせようと思います。
2008年03月12日
2羽が寄り添って
これからしばらくは、euphoriaの新しい作品の、
オーバーダビングやうた録音やミックス作業などで、
家に閉じこもることが多くなるので、
ひきこもりになってはよろしくない
(音楽にも体調にも精神にも)
と思い、とりあえず、今日は夕方に1時間ほどのランニング。
夕陽が沈みかけていて、ほのかにオレンジ色に染まった、
川沿いのサイクリングコースを走っていると、
僕の頭上をカルガモが2羽、
仲良く寄り添ってゆらりゆらりと飛んでいって、
そのすぐ後には、小鳥が2羽、
仲良く寄り添って颯爽と駆け抜けていった。
なんだか、それは、とても美しい光景に感じました。
2008年03月01日
春を感じる瞬間
スタジオの床にて、明け方4:30から6:00までの仮眠。
部屋の音響特性を調整するために持ち込んだ毛布が、
こんなところで役に立つとは思ってもいませんでした。
72時間リハスタを借り切ってのレコーディング、
いつもよりはゆとりがあるかな、と思っていたけれど、
音作りに多くの時間を費やしたため、
なかなかハードなスケジュールとなり、
予定していた録音を終えた4日目の朝には、
頭はほぼ思考停止の状態。
そのまま、レンタルした機材を新大久保まで届けに行ったのですが、
そこに向かう途中、カーナビが狂っていたのか、
はたまた、僕がおかしかったのか、
同じカーブを3回もぐるぐる回っていて、
今、その状況を思い出すと、笑いがとまりません。
うとうとしてしまってはいけないと思い、
車の窓を開けて、風にあたりながらの帰り道。
そういえば、もう3月になったんだ。
ipodをつなぐのも億劫だったので、J-WAVEを聴いていると、
「あなたが春を感じる瞬間」という特集をやっている。
僕は車の窓からの穏やかな日差しと、
ほんのりあたたかい風を感じながら、
予想外に心地のよいドライブを楽しみました。
2008年02月18日
ちょっとしたこと
ちょっと面倒だな、ということ。
それをする労力なんて微々たるものだけど、
それをしないでいると、
後になって、かなり大きな問題にふくれ上がってしまう。
それとは反対に、
そのちょっとしたことを
ひとつひとつこなしていくことで、
いつのまにか、日々の暮らしが大きな充実感に満たされていく。
2008年02月15日
雪解けとモンポウ
窓を開けて聴こえてくる、雪解けの音のやさしさや、
フェデリコ・モンポウのピアノ曲のしなやかな音色に、
耳を傾けることで、ときどき耳を休ませる。
euphoriaのプリプロテイクのミックスと、
auxinのアルバムのミックスに多くの時間を費やす日々。
ここ数日間、体のなかで、
もっとも酷使されているのは、
間違いなく、耳でしょう。
耳が鍛えられている感覚が確かにあります。
そして、この耳と仲良くしていかなくては、と思う今日この頃です。
*

2008年02月10日
朝のひかりに目を細める
euphoriaのプリプロレコーディング、
翌日はorganic stereoのPV撮影で、
両日、朝4〜5時に起きるというスケジュールでした。
朝の苦手な僕も、さすがにこうやって予定が決まっていると、
しっかりと早起きができます。
街の色がまだ薄暗いなか、車を運転していて、
だんだんと広がってくる朝日を受け止めるこの感覚。
とても清々しい気持ちになります。
本来、人の生きるリズムはこうあるべきなんだろうな、
なんて思いながら、フロントガラス越しの朝のひかりに目を細める。
*
朝方の生活リズムにシフトしたいと、常々思っているものの、
なかなか、実現できずにいるのですが、
思えばいつも、一気に早い時間に起きようとして、失敗ばかり。
これからは、1日ごと、ほんの15分ずつ、
早く起きる習慣を積み重ねていきたいなぁ、と思っています。
2008年02月07日
苦手意識はあるけれど
euphoriaのプリプロレコーディングを明日に控え、
機材まわりの準備をしていました。
録音のときにとても重要なマイクプリアンプの、
真空管を新しいものに交換してみたり。

工作とか、電子機器の組み立てとか、
あまり得意ではない、
というか苦手意識のほうが強い僕なのですが、
それ以上に、よい音を録りたいという追求心が勝って、
こういった細かな作業もするようになってきました。
苦労しながらも、自分なりに手を加えてみて、
求めている音に近づいたときのよろこびは、
とても大きなものだったりします。
ミドルレンジの伸びが心地よくなったマイクプリアンプ。
明日の録音では、スネアのマイクに通してみようかな。
2008年01月29日
ぼんやりとした時間
いろいろと予定が多い日が続いて、
ちょっと体調を崩してしまいました。
体調が悪いから気分が落ち込むのか、
気分が落ち込んでいるから体調が崩れるのか。
そんなことを考えながら、
過ぎていく、ぼんやりとした時間。
2008年01月27日
音から風景を感じること
レコーディングエンジニアとして、
AUXINという5人組バンドの録音。
土曜日の夕方から日曜日の夕方までの24時間パック。
4曲プラス、短めの2曲、合計6曲の録音という、
過酷なスケジュールでしたが、メンバーの素晴らしい集中力で、
見事、すべての楽曲を録り終えました。
euphoriaのレコーディングのときと違って、
僕は、ギターを演奏する必要がなくて、
その分、今までよりも、思う存分、
マイクの位置や、録り音に、
意識を集中させることができました。
引き続き、ミックス作業も担当します。
先日、AUXINのライブを観させてもらったときのこと。
彼らの奏でる音から、美しい風景が
浮かび上がってくる瞬間がありました。
その風景をしっかりとCDに収められるように、
ていねいに作業を進めていきたいと思っています。
「音から風景を感じて、それを形にしていく」
それが、僕がエンジニアをするうえで、
もっとも大切にしたい部分なのです。
2008年01月25日
知らない時間
11:00〜の渋谷FM収録が、お昼に終わり、
16:00〜のレーベル事務所での
organic stereo PVミーティングまで
だいぶ時間が空いたので、
それまで、渋谷から代官山あたりをのんびりお散歩。
ミーティングを終えて、
22:00〜の大学時代の友人の誕生日パーティーまで
だいぶ時間が空いたので、
またまたのんびりとお散歩。
同じ場所を、日中と夜とで、歩いてみるのはおもしろい。
アットホームな雰囲気での誕生日パーティー。
みんながすてきな表情で過ごすその時間は、
なにものにもかえがたい温かなひととき。
しかし、パーティー慣れしていない僕は(笑)、
去り際を見失い、慌てて渋谷駅に駆け込むものの、
自宅までの終電を見事に逃す。
これは困ったと、さまざまな案を考えて、
ちょっときれいそうなネットカフェ(リクライニングチェア)で、
始発を待つことに。
深夜のネットカフェ(リクライニングチェア)で過ごす、
なんとも興味深い時間。
バックにたまたま入っていた
sigur rosのDVDを観ようかなと思ったけれど、
あの壮大なスケール感と、今いるこの場所との、
これ以上ないほどのかけ離れた関係性を考えて、
なんとも滑稽に思えて、短い眠りにつく。
駅のホームで始発の電車を待つ人たち。
その混雑具合にびっくり。週末とはいえ、
ここまで混み合っているものとは。
外はまだ真っ暗で、一見、
普段の夜の駅のホームにも見えるのですが、
人の表情や動き方がおもしろい。
きっと僕もそうなっているんだろうなぁ、
なんて思いながら、長い1日が終わりました。
2008年01月23日
吸い込まれゆく音のひびき
朝、目が覚めると、
外の景色は、しーんと静まり返っている。

あらゆる音が、雪に吸い込まれていく、
そんな響きを味わいながら、
あたたかなコーヒーをのむ。
なんとも至福のとき。
お昼過ぎに散歩に出かける。
家のすぐ近くの森林公園にも、
(organic stereoの楽曲や、euphoriaのライブSEで
ときどき登場する、環境音の多くはこの場所のものです。)
うっすらと雪が積もりはじめていました。

ヘッドフォンから聴こえるのは、
雪のように儚く、美しい、女の子のうたごえ。
そういえば、昨年に東京で雪が降ったときにも、
この音楽を聴きながら、外を歩いたっけ。
なんとも至福のとき。

The Innocence Mission / Befriended
2008年01月20日
大寒に曲を作りためる
小寒 → 大寒 → 立春。
暦の上では、寒の真ん中、
今日から一年で最も寒い時期に突入。
昨日の予報で、明朝には東京に初雪が、
となっていて、ちょっと楽しみにしていましたが、
初雪はもう少し先になりそうです。
寒さが苦手な人にとっては、厳しい季節ですが、
僕は、このくらいの気候のほうが、
いろいろとはかどる人なので、
今の時期のあいだに集中して、
euphoriaの新しい作品に収録する新曲たちを、
どんどんと作りためていきたいものです。
こう思うと、僕は、冬眠ではなくて、
夏眠が必要なのかなぁ、なんて考えてみたり。
2008年01月15日
すきまを好む
びっしりとつまっているよりも、
隙間があるほうが、心地よいなぁと、
最近つくづく思うようになりました。
すてきだなぁと、思う人には、
確かな意志のあいだに、しっかりと隙間がある。
いいなぁと、思う音楽にも、映画にも、文学にも、
心地よい隙間が存在している。
そんな隙間には、
無限の可能性が秘められているように、思うのです。
2008年01月13日
小さな変化が支えている
ちょうど一年前の今日、1月13日に
euphoriaの2ndフルアルバム"white pattern"が完成しました。
昨年の年明けは、1月1日を迎えても、
制作作業の追い込みに懸命で、
新しい年を迎えた実感がなくて、
その頃のvoiceには、
「僕にお正月がやってくるのは、
いま、制作のおおづめをむかえている、
2ndフルアルバムが完成したときです。」
なんてことを書いていました。
ですので、完成した1月13日のことはよく覚えています。
それまで連日徹夜作業をしていたにも関わらず、
マスタリングスタジオから夜に家へ戻ると、
いろんな感情が込み上げていて、
なかなか眠れなかった、いや、寝ようとしなかったことも、
鮮明に思い出すことができます。
そして、そのときに、日記を書き始めたのでした。
「・・・というわけで、アルバム完成で、めでたくお正月を迎えた僕は、
2007年のはじまりとして、この日記をスタートします。」
そう書かれたページからはじまったこの日記。
1月くらいまでは、毎日のことが書いてあるのですが、
それからは、3日ペース、5日ペースくらいになっていて、
大忙しのときや、疲労がたまっているときは、
だいぶ間隔が開いていたり。
初のワンマンライブに向けて準備をしていた夏の時期は、
ほとんど、ぽっかりと開いていて、
その頃、いかに自分が時間に追いつめられていたかということが、
半端な文章を書くよりも、リアルに伝わってきたり。
結局、かなり不規則で、マイペースな日記帳になってしまいましたが、
昨年の暮れにちょうどその1冊が終わりました。
日付が飛ばし飛ばしとはいえ、
なかなかぎっしりと内容がつまっていて、
それらを読み返してみると、
今の僕が大切にしたいと思っていることの、
その核になる部分は全く変化していないのですが、
それに対するアプローチの仕方、
視点の位置だったり、考え方などが、
微妙に動いてきていることが興味深かったです。
自分のことでも、身の回りのことでも、
大きな変化でなにかが、がらっと変わる瞬間が、
あるように考えがちですが、
そんなときにでも、実は、なにかしらの小さな変化が、
気づかぬうちに積み重なっているのではないでしょうか。
そういった、小さすぎてついうっかり忘れてしまうような事柄が、
以外と、なにかで迷ったり、落ち込んでいるときに
そっと自分を支えてくれるということも、
あるのではないかな、と思った僕は、
2008年も日記をつけています。
昨年は、きっちり文章にしなくては、という形式で、
少々固っ苦しい感じもあったので、
今年は、メモをとる感覚で思い浮かんだことを
ぽつぽつと書き残すスタイルです。
2008年01月08日
水を味わうように
透明のコップに注いだ、
冬の水はとてもおいしいです。
*
こないだ、
利き水の専門家についてのお話を本で読んだのですが、
その能力にとてもびっくりしました。
僕のイメージとしては、
水道水かミネラルウォーターの違いくらいは当たり前で、
きっと、どこでとれたミネラルウォーターなのかも、
分かったりするのだろうな、と思っていました。
ところがところが、そんなレベルではなくて、
同じ水道水でも、どこの浄水場の水なのかまでが分かるそうで。
水道は安定給水のために縦横に管が走っていて、
一系統の水ばかりではなく、ブレンドされている地域もあり、
たとえばこれは朝霞浄水場の水、金町浄水場の水、
今日は朝霞の水の割合が多いな、
ということまで分かってしまうとのこと。
ここまでくると、もう曲芸の世界の域ですね。
ただただ驚くばかりなのですが、
でも、それと同時に、
水を飲むとき、触れるとき、
水は水でしかないと思い込んでいる自分も、
ちょっと鈍感すぎるのかな、なんて思ってしまいました。
固定観念を振り払って純粋に水を飲むことができたら、
利き水の専門家には到底及ばなくても、
なんとなくの味や匂いのちがい程度は感じられるのかもしれない。
「水」ということばでまとめてしまおうとするのではなくて、
それ自体と純粋に接するということ。
そんな感覚を日常のさまざまな場面で大切にできたら、
きっと、彩り豊かな毎日になるのではないかな。
透明のコップに注いだ、冬の水を味わいながら、
そんなことを思いました。
2008年01月06日
日常を奏でる
歌うときや、ちょっと難しいギターフレーズを弾くとき、
慎重になりすぎて、音程やリズムといった、
その瞬間の出来事しか意識できなくなる時があります。
そういうときは、ほとんどがうまくいかない。
たとえ弾くことはできても、人に届く力はない。
こんなときに、
もっと大きなものを感じられたらよいのに、と思います。
たとえば、フレーズ単位で考えたり、
ことば(歌詞)の世界観を思い浮かべたり、
曲の持つ雰囲気に思いを巡らせたり。
そうすることで自然と、
今、奏でるべき音もしっかりと鳴らすことができるのです。
この感覚は、日常にもそのまま置き換えることが可能だと思います。
目の前のことばかりに振り回されることなく、
広い範囲で、ものごとを視野に入れられるようになりたいものです。
2008年01月02日
空気の感触
昨日のこと。
ちょっと用事があって、車を使おうと思ったのですが、
元日の雰囲気に直に触れたくて、自転車で。
元日の空気の感触は特別な感じがします。
その空気の存在がさまざまなものを、
ほんの少しきらきらさせているような。
この感じが僕は好きです。
元日だからって、どうってことないよ、
という人もいるのかもしれないけれど、
でも、普段よりもずっと多くの人が、
なにかしらの希望を感じている1日なのではないかな。
この空気の感触は、きっとそこから、
きているのかもしれない。
道を歩く、家族連れがとても多い。
そんな、いかにもお正月な光景を眺めながら、
ほのぼのとしたサイクリング。
2008年01月01日
静かに湧いてきています
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくおねがいします。
*
昨年は、うれしいこともつらいことも、
たっぷりとあった1年でした。
そして、そんな時間を通して、
自分が大切にしたいものが、
だんだんと明確に見えてきているように感じています。
そうして迎えた2008年度、
きっとよい年になるのではないかなと、
(こんなこと、いつもはあまり思わないのですが)
そんな気持ちが静かに湧いてきています。
きっと、つまずくこともあるでしょう、
行き詰まることもあるでしょう、
途方に暮れることもあるでしょう、
でも、そんなことも含めて、
前向きな姿勢で、この1年を大切にしたいと思っています。
2007年12月14日
しなやかな軌跡
朝からeuphoriaの曲作りでスタジオへ。
次の作品に収録する曲がだんだんと形になってきています。
その後、そのまま近くのファミレスに移動して、
2008年度のeuphoriaの活動についてのミーティング。
曲作りの行程やレコーディングの日程といった具体的なことから、
どんな姿勢でなにを大切にしていこうかという、意識的な部分まで。
いつになく内容の濃いミーティング。
来年の今頃、またこうして、ミーティングをしている時のことを思い、
その時に、しっかりとしたステップアップができている状況を思い描きながら、
これからのeuphoriaがとても楽しみになってきています。
*
家に戻ると、もう夜になっていて、
スタジオやミーティングが充実していた分、
疲労感もどっと出てきていたのですが、
今晩は、双子座流星群が見える日だ、と思って、
夜中25時頃、芝生の丘になっている公園まで出かけました。
かなりの防寒体制で、
地面に敷くシートもちゃんと持っていったのですが、
12月の夜、それでも凍える程の寒さ、
おまけに、だんだんと雲の数が増えてきて、星の数もまばらに。
それで、ちょっと元気がなくなってきたのですが、
ぼんやりと夜の闇に浮かぶ雲の流れを見ていたら、
眠気がよい具合に働いたのでしょうか、
僕が横たわっている、芝生の丘が、
大きな船になって動いているような感覚に。
これぞまさに夢心地。
そんな時に、雲と雲の間で、ひとすじのまばゆい光に遭遇。
流れ星というと、満点の星空での出来事のように思っていましたが、
雲と雲の狭間に見えた、不思議な輝きを持つ流れ星。
そのしなやかな軌跡は、こころにしっとりと、
でも確かなものとして、刻まれました。
2007年11月08日
風が吹くと、わずかな落ち葉が舞う
お昼、サンドイッチを持って、公園へ。
東京の紅葉も、だんだんと見応えのあるものになってきました。
風が吹くと、わずかな落ち葉が舞う。
その落ち葉は数えられる程なので、一枚一枚を見届ける。
僕の着ていたパーカーに、蚊がとまっていることに気づく。
11月、もうだいぶ肌寒いけれど、まだ蚊と出会うなんて。
パーカーの上をあちこち移動して、必死にもがきながら血を吸おうとしている。
生き残れるかどうかの瀬戸際なのでしょう、異常な程の動き方からは、
その懸命さが伝わってきます。
紅葉に出会える蚊はだいぶ稀な存在ですね。
*

2007年09月25日
深煎りの珈琲
明日から一週間、旅行に出るので、
いいタイミングと思い、korgのキーボードを修理に。
これは、僕の機材周りで重要な役割(マスター鍵盤)で、
あまりに修理の時間がかかってしまうのは不便だったので。
下高井戸のkorg修理センターに直接持ち込んだその帰り、
そういえば、前々から行ってみたかった、
おいいしい珈琲のお店が近くだな、と思い、ふらっと寄り道。
珈琲に詳しい百景のタナカさんに以前教えていただいた、
千歳船橋にある珈琲工房ホリグチへ。
お店へ入るとすぐに、心地よい香りが漂っている。
BGMもなく、店員さんの真剣な表情などから感じる雰囲気は、
いつものドトールやスタバと違って、ちょっと緊張。
店員さんは珈琲を煎れて小さなカップで煎り具合をひと口確認してから、
テーブルに持ってきてくれる。ますます緊張。
僕は、姿勢を正して、ゆっくりと味わう。
これがこれが、めまいがするくらいに美味しいのです。
小さなカップに注がれた珈琲に、ここまで感動させてもらえるとは。
この初めての味覚との出会いは、だいぶ衝撃的でした。
日々を過ごす中で、
僕には知らないことや分からないことが山ほどあって、
そのことに向き合うたびに、
不安になったり心細くなってしまうような僕なのですが、
珈琲工房ホリグチの深煎りの珈琲を飲みながら、
知らないことに出会うことの素晴らしさを感じていたのでした。
2007年09月21日
移ろい続ける季節の中で
しばらくの間、制作作業に追われ、だいぶ忙しい毎日だったので、
スタジオ兼、僕の部屋もだいぶ荒れ放題になっていました。
これでは、新しい曲の制作もはかどらないので、
ちょっとゆとりのできた今のタイミングで、整理整頓を。
人それぞれだと思うのですが、僕の場合、
部屋のきれいさに比例して、よいアイディアが湧いてくるようなので、
ひとつのプロジェクトを終えるごとに、大まかに整理しています。
そして、生活の習慣も、元通りに修正しなくては、と、
ひさしぶりに、1時間弱のランニングに出かける。
相当ご無沙汰していたランニングシューズを履いて、夕方に家を出る。
体力の衰えをだいぶ心配しながらの道のり。
走っている最中、見る見るうちに、日が沈み、暗闇が僕を包む。
どれほど、タイムが落ちてしまったのだろう、
そんな不安を抱えながら、家に戻ると、
それほどのタイムの変化はなかった。
どうやら、季節が確実なスピードで動き続けていることを、
うっかり忘れていたようです。