2011年03月20日 [ everyday
]
なくしたものたちの国
図書館で予約していた本が届いて、
それを受け取って、自転車に乗ろうとした時に、
大きな地震が起きた。
すぐに館内から沢山の人が駆け出してきて、
なんだか嫌な予感がして、iPhoneで震源地を見ると、
東北沖で起きたものということが分かる。
東京でこの揺れなのだから、
これはもう、大変なことになったと、急いで家に帰る。
テレビをつけると、
全く信じることのできないような映像が、
次々と映し出されている。
その日からの記憶は、あまりにぼやけすぎていて、
輪郭がまったくないような時間が続いていた。
悲しさ、恐ろしさ、無力感、
頭も心も混乱しすぎている。
テレビやtwitterなどは要所要所だけにして、
落ち着いて過ごそうとしても、難しかった。
音楽も全く耳に入らなかった。
そんな自分に対して、強烈な焦りを感じたりもした。
*
ちょうど一週間が過ぎて、同じ時間に黙祷をして、
久しぶりに、いつもの珈琲屋さんに出かけた。
ここのマスターは、もの静かでシャイな方だけど、
この日は今まで見たことがないような、
優しい表情で、穏やかに珈琲を淹れてくれた。
節電で薄暗いはずの店内でも、
それに全く気づかない温かな雰囲気。
いつもいるお客さん、この人とは
もう何十回も同じ場所で会っているけれど、
今まで一度も話したことがなかった。
挨拶すらしたことがない。それなのに、
その人と、自然と会話がはじまっている自分に驚く。
少し心が落ち着いてきたところで、
一週間前に図書館で借りた本を読みはじめる。
「なくしたものたちの国」という本。
読み始めから、ドキドキした。
ひとつひとつの描写、言葉が、
どうしても、今回の震災のことに重なって、
涙があふれてきそうになる。
でも次第に、その物語のなかに入り込んで、
一時だけ、ふわふわと、今の自分から
離れていくような、そんな感覚になっていった。
あとがきで筆者の角田光代さんはこう書いている。
"なくしたものの、かたちや色、声、なくしたときの気分、
はっきり覚えていればいるほど、それが「ない」というより
「あった」ことを思い知らされる。あったものはもしかして、
無になったのでなく、どこかに在り続けているのではないか。
ひっそりと。息をひそめて。わたしの見る世界とは、決して
交わらない場所に、でも、確固として今も在るのではないか。"
*
姿、かたちが変わってしまっても、
それは無になったわけではなくて、
新たなかたちをして在り続けるのかもしれない。
たとえば、
シャイなマスターの初めて見せてくれた笑顔、
いつも会っていたのに話したことのない人との会話。
それから、自分の家族への思いやりや、
困っている人への心配り、などなど。
震災が起きてからのわずかな時間で、
今まであまり気づかないでいた、
さまざまなことを、それぞれの人が感じていると思う。
今この瞬間にも、懸命な救助活動をされている人、
避難所で大変な生活をしている人、
そういった人たちを思うと、今すぐにでも、
自分にできることは、と慌ててしまうけれど、
これから復興までにするべきことは沢山あって、
そのために費やす時間も計り知れない。
震災を通して感じていること、
今まで気づかないでいた、
大事なことのひとつひとつを、たいせつに、
これから長く続く復興への日々を
強く、積極的に生きていきたい。
そしてときどき、
「なくしたものたちの国」を
読み返したいと思っています。
2011年03月05日 [ "organic stereo"
everyday
travel
]
京都1. 旅の中で聴く音楽
旅をすることの中には、多くの魅力があるけれど、
僕は、目的地に向かう時間そのものが好きです。
池袋発の夜行バスに乗って京都に向かう。
消灯になるまでの間の2時間ほどは、本を読み
そして灯りが消えてからは音楽を聴く。
近頃、音楽を聴いていて、
きれいだな、斬新だな、上手だな、
心地よい音だな、と思うことはあっても、
こころが震えるような瞬間は少なくなってきた。
でも、旅の中で聴く音楽は、
不思議な程、こころを揺さぶる。
思い返せば、この感覚って、中学高校時代には、
日常でも頻繁に湧いてきていたように思う。
そしてその感覚から生まれた曲は、
今でも演奏し続けている大切なものが多い。
見知らぬ土地、人との出会い、
初めて触れる出来事の多さ。
不安と楽しみが色濃く入り混じった、
そんなドキドキする気持ちが、旅の中にはある。
きっと、中学高校時代の多感な時期には、
これと同じような感覚が日常のあちこちに
ちりばめられていたのかもしれない。
歳を重ねて、知識が増えるにつれて、
見知らぬものとの出会いに対して
疎くなってくることがある。
よい音楽を作ろうと、
音の並びを学んだり、楽器の練習を
コツコツすることも重要。
でもそれと同じに大切にしたいのは、
旅をすることはもちろん、
日常の中においても、新鮮な眼差しで、
不安や楽しみをごちゃ混ぜにした気持ちを、
多く持ち続けるということ。
AM6:15、目覚めたら、京都に着いていた。
*
京都2. はじめてのロケ地めぐり
京都3. ”その人”が出ている音楽
2011年03月05日 [ "organic stereo"
everyday
travel
]
京都2. はじめてのロケ地巡り
早朝に京都の河原町に到着。
近くのスパでひと休み。それから、
よく晴れた午前中、冬の京都を歩く。
euphoriaのライブで京都に来る時は、
いつも車だったので、
あまり土地勘をつかめないでいたけれど、
今回は、一人であちこち歩き回っている。
バスの時刻表を眺めたり、電車の路線を調べたり、
少し迷いながらも自分の足で歩いたり。
そうしているうちに、
京都の街の地図が少しずつ頭に入ってくる。
小さな子どもくらいある重さのリュックと、
ギターのハードケースを持って移動するのは大変なので、
ライブをするTranq Roomで、荷物を預かっていただく。
リハまでは、2時間ちょっと。
あまり遠くには行けないので、
iPhoneのmapを使って、コースを模索。
そういえば、先日観た
マザーウォーターという映画の撮影は、
この辺りだったようなと思いついて、検索。
マザーウォーター、
質素でありながら温もりを感じる、素敵な映画でした。
その中のシーンで、小泉今日子さんが
珈琲を淹れているカフェがあって、
そのお店が分かったので、わくわくしながら散歩を再開。
映画のロケ地巡りは、事前準備が大変そうで、
僕がすることはないだろうなと思っていたけれど、
iPhoneのおかげで、ほんの思いつきで実現してしまった。
お店の雰囲気は、映画のときとほとんど一緒で、
店内は珈琲のよい香り。
マザーウォーターの心に残っている場面を
思い出しながらのしばし休憩。
ランチのエビチリ茄子の温泉たまご丼も美味でした。
Tranq Roomに戻り、リハーサルがはじまる。
*
京都1. 旅の中で聴く音楽
京都3. ”その人”が出ている音楽
2011年03月05日 [ "organic stereo"
]
京都3. ”その人”が出ている音楽
会場では、出演者同士で会話が弾む。
気づくと、めずらしいことに、
出演者4組全員が同い歳。
初対面の人とは、いつも敬語を使うけれど、
そのことを意識しないで話すのは、新鮮。
相手のことも自分のことも、
なんだかはっきり見えてくる気がした。
organic stereoは3番目に演奏。
Tranq Roomの落ち着いた雰囲気と、
たくさんのお客さんのあたたかさに支えられて、
気持ちよく演奏ができました。
ラストに演奏したのは、企画者のアベフミヒコくん。
繊細で小さなうたごえからは、
大きな世界が浮かび上がって、
素晴らしい演奏だった。
MCでは今回の企画「音の輪」を振り返り、
「出演者それぞれの表現は様々だけど、
すべて、”その人”が出ている音楽だった。」
と話していて、僕は、うんうんと頷きながら聞く。
僕も、”その人”が出ている音楽に大きな魅力を感じる。
これまでに感動をおぼえた音楽の多くがそうで、
自分自身の音楽においても、
その部分を大事にしたいと思っています。
初めて見るorganic stereoのライブを
楽しみに待っていてくれている人、
euphoriaのときからいつも足を運んでくれる人、
久しぶりに会う学生時代の友人たち。
東京から遠く離れた場所で、
出会えることができてうれしかった。
そして、「音の輪」に呼んでくれたアベくんや
共演者のみんな、スタッフのみなさん、Tranq Roomさん、
どうもありがとうございました。
遠征で演奏をすることの充実感を、
たっぷりと感じた、冬の京都ライブでした。
*
京都1. 旅の中で聴く音楽
京都2. はじめてのロケ地めぐり
2011年03月01日 [ everyday
]
修理屋さんの手のひら
車の修理屋さんに行ってきました。
担当の方は僕と同じ歳くらい。
表情が生き生きとしていて、
着古された作業服が格好よく見える。
てきぱきとした対応でも、
親切な説明は分かりやすく、
とても感じが良い。
そして、汚れだらけだけど、
しっかり手入れされている、
まさに職人さんのような手のひら。
作業の間、ショールームで、
あっさりとした味のコーヒーをいただきながら、
僕は、あの手のひらを思い浮かべ、
やりがいのある仕事について考えていた。
汚れた手のひらから職人さんを想像したのは、
きっと、修理工の人が自分の仕事に対して、
やりがいを持って、楽しそうに向き合っていることを、
始めのわずかなやりとりのなかで、感じたからだろう。
ばっちりと修理が完了して、
おまけに洗車までしてくれて、きれいになった車。
その車を運転しながら、
自分はどう仕事と向き合っていこうかと考える。
背筋がぴんと伸びる思いがしました。