ときにはプレイヤー視点で

先日の3人同時でのレコーディングに引き続き、
今週は、ベースとギターのリアンプ作業をしていました。

リアンプ作業とは、アンプを通さずにラインレベルのまま
録音しておいたベースやギターのテイクを、
あとで、アンプに入力して再生、それをマイクで録音することです。

ここでのメリットは、
アンプに対するマイクセッティングを様々、
試みることができるということ。
特に、euphoriaのように、
外部のエンジニアの手を借りることなく、
メンバーだけで、すべての作業を行う際には、
演奏しながら、マイクの微調整はなかなか厳しいので、
この方法をとっています。

ちなみに、
「euphoriaのレコーディングは、リハスタでしてるんですよね、
 それで3人同時に録音できるのですか」と、
バンドをしている人からよく質問をもらうのですが、
基本的に、ドラム、ベース、ギターを、同じ部屋で、
せーので、同時に録音します。
その際、環境の整ったレコスタなら、ギター、ベースアンプともに、
別の部屋において録音することができますが、
リハスタであるために、それは無理。
そこで工夫して、ギターは、アンプシュミレーターを使って、
普段自分の使っているアンプと同じような歪み具合、EQをして、
それから空気感も再現して、
それを3人それぞれヘッドホンでモニターします。
ベースの場合は、ヘッドアンプ部分(音は出力されません)のみ持ち込んで、
それをモニターしながら演奏しています。

「違和感はありませんか」、と聞かれることがあります。
これまでレコスタで、アンプをブース(別室)において、
その音をマイクで拾ったものをヘッドホンで
モニターして演奏をしてきた経験もありますが、
その際も、アンプからの振動を身体で感じることはできなくて、
耳だけでフィーリングを掴む感じでしたので、
アンプシュミレーターや、ヘッドアンプでの音作りを入念にしておけば、
僕たちの場合は、それでokだと感じています。

もちろん、ギターのフィードバック音が欲しい時はなど、
オーバーダブする形で、再度演奏することになります。

、、、、と、なんだか、僕のvoiceページにしては、
めずらしく、プレイヤー視点の文章を書いてしまっているのですが、
こういうことに興味をもっている人もいるかな、と思いまして。

*

そうそう、8/15に、euphoriaニューアルバムの
制作進捗状況が見られる "アルバム制作ブログ" がオープンします。
そこでは、今回のvoiceのようなプレイヤー視点のテキストや、
レコーディングエンジニア視点のテキストなども
随時更新していけたらと思っています(質問も大歓迎です)。
もちろん、それ以外にも、メンバーそれぞれのゆるーいコメントや、
さまざまな写真、ムービー、あと、もしかしたら、
デモ段階の新曲を数日限定で公開、などのコンテンツも考えていますので、
よろしければ、どうぞお楽しみにされていてください〜。


視点を車窓に向けてみよう

電車の車窓からは、まるで大きな大陸のような雲を
オレンジ色の夕焼けが、やわらかく照らしている。
そんな壮大な景色を知らず、
ほとんどの人は携帯電話とにらめっこ。

もちろん、今、このとき、
たまたま、僕は、車窓に視線を移していただけで、
僕も同じように、携帯メールをしているときに、
車窓には、きれいな虹が浮かんでいることもあっただろう。

音楽をつくるとき、または、
音楽以外にも、なにかを考えて、
形にしようと懸命になっているとき、
そのなかの一部分ばかりに意識を向けてしまい、
帰り道の電車で気づいた、この、車窓の存在を忘れるという、
同じような現象になっていることも多いのではないかな。

ほんの少し、視点を動かすだけで、
大きなヒントがあるのに、
目先の部分だけで、こねくりまわして、
こじんまりとした作品になってしまうことのないように。

視点を車窓に向けてみよう。

人が音楽をつくるんだ

先日ビデオで録画しておいた、
情熱大陸を夕食を食べながら見る。

ミュージシャン斉藤和義さんの特集。
斉藤さんの音楽は、ほとんど知らなかったのですが、
新聞に、曲作りや一人多重録音の風景が〜、と書いてあったので、
お、なんだかおもしろうだな、と思って、録画しておいたのです。

ライブの楽屋の様子や、山中湖のスタジオでの録音風景、
デビュー当時に暮らしていた、吉祥寺のお散歩風景、などなど。

そのどの場所においても、斉藤さんの行動は、
ゆったりと心地よくて、柔らかいけど芯がどっしりしていて、
そんな雰囲気に憧れてしまいました。

とてもゆっくり、落ち着いてる。でも、ちゃんと驚くし、ちゃんと笑う。
かっこいいなぁ。

番組内のナレーションでは、
曲作り、一人多重録音の映像を撮り続けて気づいたこととして、
「決して頑張りすぎない彼は、けれど、絶対、手を抜かない」
とありました。

うん、そうそう、まさに、と思った僕は、同時に、
今年の初め、僕自身のテーマとして考えた、
「急がず、しかし遅すぎもせずに、気持ちのいい速度で、歩いてゆく」
ということばを思い浮かべました。

まさに、そのことばの映像を、見たような気がしたのです。

斉藤和義さんのCDをじっくり聴いてみたくなりました。

*

そうそう、先日は、
「或る音楽」という音楽ドキュメンタリーを
ユーロスペースで観てきました。
高木正勝さんが「Tai Rei Tei Rio」という作品を
作り上げていく過程を描いたドキュメンタリーです。

なぜヒトは音楽を奏でるのか、という視点に、
興味を持って、観に行きました。
素朴な佇まいでありながら、広く、大きく、ものごとを捉える、
そんな高木さんの姿勢が、すばらしいなぁと、感じました。

*

音楽性も、人間性も、活動するフィールドも、まったく異なる、
斉藤和義さんと高木正勝さんですが、
どちらも、その人間性がそのまま音楽に
なっているような印象を受けました。

素晴らしい音楽家は、人としてほんとうにかっこいい、
いや、人としてほんとうにかっこいいからこそ、
素晴らしい音楽ができるんだなぁと、
そんなあたりまえのようなことを、感じています。

夢の中のままで現実の朝がやってきた

レコーディング2日目の朝、スタジオに向かう途中、
「北海道の遭難事故、大変だね」と、しょうたが話しかけてきて、
そのことを僕は、全く知らず、そんなニュースがあったんだ、と驚く。

朝9時の集合から、夜25時過ぎまでスタジオで時間を過ごし、
家に着くと、本当にへとへとで、歯磨きへ直行、
そのまま就寝、という毎日でした。

布団に入ると、数秒で深い眠りにつく。
夢もまったく見ることなく、朝がきて、
急いでシャワーを浴びて、家を出る。
その繰り返し。

レコーディング3日目を終えると、
玄関には、朝刊と夕刊が山積みになっていた。

*

ここ数ヶ月の間、3人の頭の中の大部分を占めていたであろう、
今回レコーディングした、5曲の新曲たち。
本当にレコーディングできるのだろうか、と不安を抱えながらも、
その気持ち乗り越えるように、日々練習をしてきました。

そして、3日目の夜、無事に充実した録音を終えて、
なんとも満たされた、最高の気持ちになった僕は、
その日、久々に夢を見た。

*

僕は中学3年生。
でも、今までに培ってきた、多くの人との出会い、学び、
いろんな本を読んできた記憶、聴いてきた音楽、
健全な身体の大切さなどについては、
すでに身にしみて感じている。
その上で、これからはじまる高校生活では、
徹底的にサッカーに打ち込んでいこうと決心している。
お正月の高校サッカー選手権出場への憧れ。
(実際、小中高とご飯を忘れるほどのサッカー少年だったのです)

こうして文章にしてみると、
なかなか、この夢の中での感覚を
うまく説明できず、もどかしいのですが、
なんだか、ものすごく、
前向きな気持ちを持った夢のなかだったのです。
そして、不思議なことに、目が覚めても、
そのぽかぽかとした前向きな気持ちは続いていたのです。

うれしい夢で、目が覚めて、なーんだ、とがっかりしたり、
嫌な夢で、目が覚めて、よかったー、とほっとしたり、
そんなことはよくあるけれど、
その夢の中での前向きな感覚のまま、
現実の朝をむかえたのは、貴重な体験でした。


そんな感覚になるほど、レコーディング3daysを終えて、
本当に、ほっと安心した気持ちになっていたのでしょう。

ふと、ひと呼吸おいて

明日からのeuphoriaレコーディングで使用する、
マイクやスタンド、ケーブル類などを借りに、
代官山にある事務所と、新大久保にある楽器レンタル会社へ。

日中、視界がぼやけるほどの暑さのなか、車の運転。
どの道も、とても混んでいて、なかなか進まないけれど、
レコーディングのことを、頭の中で、
あれこれ、ぐるぐる回していると、
そんな渋滞もあまり気にならないものでした。


レコーディングは、精神的にも体力的にも、
なかなかハードな作業です。
そのハードさに、ともすれば、目の前のことだけで、
いっぱいいっぱいになりがちです。
楽曲の一部分のテイクにこだわりすぎてしまったり。

そんなとき、ふと、ひと呼吸おいて、
俯瞰的な視点を持つことができたらいいな、と思います。

楽曲の持つ世界観を思い浮かべる、
どんな音で録りたいのか、
どんなミックスに仕上げたいのか、
聴く人のこころに届けるために必要なこと、などなど、
そんな広い意識を持つことで、
自然と、手元の集中力も生まれてくるはず。

肩肘張らずに、伸びやかな3日間を過ごせたらと思っています。

問題点の外側に改善点という気づき

euphoriaのレコーディングまで、あと一週間ほど。
いっこうに曲が完成しない、やや苦しい期間もありましたが、
ここにきて、めでたく、手応えのある曲たちが揃いました。

今は、前回のレコーディングの録り音を確認しながら、
今回のレコーディングのプランをあれこれ考えています。

*

そういえば、前回のレコーディングで、おもしろい発見をしました。

レコーディングで使っている部屋の特性か、ドラムキットの性質か、
ドラムのタムの音がどうしても引っ込んでしまうのです。
タムのチューニングをあれこれ試したり、タムの皮を変えてみたり、
そして、タム自体を他のものに変えてみたりと、
いろいろ試みたのですが、改善されず。

はてさて、どうしようか、
きのしたにタムを強めに叩いてもらうにしても、
それだけでは、限界があるしなぁ。

と考えていたときに、ぱっと、気がついて、
タムの音が小さいという考え方ではなくて、
他の太鼓(スネアやバスドラム)の音が、
大きいと考えればよいのでは、と思ったのです。

そして、スネアやバスドラムのミュートを強めて、
響き、音量を押さえてみると、
問題なく、タムの存在感が増してきたのでした。

この考え方は、ミックス作業にも多いに役立つはず。
たとえば、ギターの音が地味すぎるかな、と感じた時、
やみくもに、ギターの音ばかりトリートメントするのではなく、
実は、ドラムの音を派手に作りすぎていた、ということに気づくことで、
全体のバランスが気持ちよく揃ってくるのです。

*

euphoriaは結成当初から、ほとんどの制作過程を、
メンバー3人の手で行ってきています。
そのつど、さまざまな困難に出会うことはありますが、
今回のような、「問題点と思っていたその外側に、改善点がある」、
というような気づきは、
3人で、あれこれ知恵を振り絞ってすすめる作業を通して、
見えてきたものだと思います。

もしかしたら、僕たち以上に、専門的知識の豊富な方に、
力を借りていたら、これまでの制作にかけてきた、
膨大な時間は、大幅に削減されていたかもしれません。
でも、あーでもない、こーでもない、と試行錯誤を重ねるなかで、
自分たちのものにすることができた感覚は、
なにものにも代えがたい、たいへん貴重なものだと思うのです。

*

ちなみに、この、
「問題点と思っていたその外側に、改善点がある」、という意識は、
日常のなかでも、さまざま活かすことができるのでは?

自分自身の気に入らない部分や、苦手な部分。
そういったものがあると、ついつい、
そのポイントばかりに気持ちが向いてしまい、
どんどんと深みにはまっていく。
そんなとき、その対象から少しばかり離れてみると、
そのポイントには、それほど問題はなくて、
回りに存在しているものをほんの少し修正してみるだけで、
がらっと、見え方が変わってくることも、結構あるものです。

その他にも、たとえば、
他人の、こんなところが嫌なんだよな、
と思っているようなとき、ちょっと自分を変えてみるだけで、
実際のところ、なんの問題もなかったり。

*

そんなこんなで、来週のeuphoriaレコーディング、
また新たな学びをたのしみに、充実した時間にできたらと思っています。
毎回恒例の72時間スタジオ借り切りプランなので、
体調管理もしっかりして、臨もうと思います。

きのしたよーすけ、寝坊には、お気をつけて。

同時に起きていることを数えてみる

僕の耳はあまりタフではないようで、
ライブを観に行っては、しばしば耳鳴りに悩まされていました。

耳鳴りの原因は、大音量で高音域を強調した
エレクトリックギターの音にあることが、多いです。
耳をつんざくような痛みを感じると、
本当はその音を避けたいと思いながらも、そこへの意識は拡大され、
結果、その音しか聴こえないというような悪循環におちいります。

でも、あるとき、気がついたのです。
強制的に、強引に、その痛みを感じる音と真逆にある音、
この場合、たとえば、ベーシストの奏でる低音に、
ひたすら意識を向けるのです。

そうすると、あら不思議、
以前のような、過剰な耳鳴りからだいぶ解放されたのです。

*

これは、とてもおもしろい、興味深い現象だと思いまして。

同時に鳴らされている音であっても、
その中から、任意に、音を選びとることができるということ。

そういえば、大学の講義で音響学を受講していたとき、
"カクテル・パーティー効果" という現象を学びました。
これは、「様々な雑音が存在する状況で必要な情報を選別できること」で、
「カクテルパーティーに参加しているときに周囲が騒がしくても、
 自分の名前や知人の声を聞き分けられる」ことから、
心理学者のチェリーという人物が提唱したもの。

こういった能力は、普段、無意識で使いこなしているわけですが、
考えてみれば、すごいことなんだよなぁ、と思うのです。

*

音に限らず、日常の出来事ひとつひとつにおいても、
たとえば、今、僕は、macでこの文章を打っている最中ですが、
同じタイミングで、身の回りや、
そこから少し離れたところ、そして世界中で、
同時に、いろんなことが起きていると、考えられるということ。

こうして、横軸をだんだんと広げていって、
同時に奏でられている、さまざまな日常を意識することができたら、
なんだか、少し、こころが揺れ動いて、その振動で、
あたたかさを感じることができるのではないかなぁと、思うのです。

*

以前に本で読んだ、

「人が何を見ているかは見えるが、人が何を聞いているかは聞こえない」

という、美術家、マルセル・デュシャンのことばが、
当時の自分よりも、深く響いてくる今日この頃です。